高く高く澄み渡る、鮮やかな青色の空。はるばる電車を乗り継いで来た疲れなど、鼻腔を擽る潮の香りと眼下に広がる煌めく水面を前に吹っ飛んでしまった、という表現は決して言い過ぎではないだろう。休暇を理由にやって来た大海原は腕を広げて若者たちの来訪を歓迎しているように思える。
オカルト研究同好会の四人は、それぞれ荷物を抱え直しながら笑顔を浮かべた。輝くばかりのその笑みは、真夏の海辺にぴったりと嵌まっていた。



浜辺の適当な場所にパラソルをさして荷物を下ろし、自分たちの拠点としてから、B子とC太は我先とばかりに海へ突進していった。スポーツも万能である二人のはしゃいだ様子に体育座りをしながらA弥は溜息を吐く。眼前で波を反射させながら戯れる姿を眩しいものを見るような目で眺めていると、視界の端にしなやかな手が映った。
「A弥さんは、行かなくていいんですか?」
自販機で買ってきたらしい数本の飲み物を置きながら、D音が話しかけてきた。彼女は長い髪を緩くひとつに纏めている。ふわりと揺れる紫をぼんやり見つめつつ、それに答える。
「僕は陽射しが少し苦手だから…ここにいるよ。D音は行ってきていいよ」
促すも、D音はA弥ひとりを荷物番にして置いていくのが心苦しいらしく「ですが…」と渋っていたが、岸の方からB子の呼ぶ声が聞こえ、そちらへ振り向いた。
「あ、い、今行きます!」
けれど立ち上がる瞬間、申し訳なさそうに向けられる目線に気にしないでいいという意味を込めて手を振ると、ぺこりとお辞儀をして走っていった。
残されたA弥は、何をするでもなく辺りを観察する。そこここで巻き上がる歓声と笑い声、跳ねるビーチボール、そして嫌でも地球温暖化を認識せざるを得ない勢いでぎらつく太陽。
「夏だなあ…」
呟いたA弥の独り言は、潮風に掻き消され霧散していった。



Side:A弥、B子

いつの間にか眠っていたらしく、突然頬に感じた冷たさで目を覚ました。驚き飛び起きると、頭上でペットボトルを振っているB子の姿。「はい、あげる」とやや乱暴に手渡されたそれを思わず受け取り、見上げると彼女はすとんと自分の隣に座った。
「ちょっと疲れちゃったから、休憩」
そう言って顔を手で仰ぐB子をぼんやりと見つめていると、彼女は怪訝そうな表情でこちらを振り向く。
「…何よ。何か変?」
歪められた眉に「いや…」と首を振る。A弥の言いたいことは彼女の水着にあった。
B子の水着はビキニタイプで、色は大胆ながらも彼女によく似合う赤色。しかし、肩紐がリボン結びになっていたり、さりげなく縁を彩るフリルのおかげで、さほど派手な印象にはなっていない。可愛らしい彼女の顔立ちにとても合っていた。しかし、言いたいことはそれではない。A弥は先程からなるべく視線を向けないようにしているB子のたわわな谷間を言外に指し示しながら言った。
「それ、サイズ合ってないんじゃないの?なんかむちむちしてるし」
息を吐くとB子は一瞬きょとんとした顔をしたが、自分の身体を見直すと、みるみるうちに白い頬を真っ赤に染めていく。普段は意識していないスタイルの良さを改めて認識させられ、いたたまれずそっぽを向くA弥は、だから気付かなかった。女の子とは思えぬキレの良さと勢いで迫ってきた拳に見事頬を射抜かれ、回避動作もできず勢いよく仰向けの状態で砂浜へ吹き飛ばされる。
「な、ななな何言ってんの!?変態!どこ見てるのよ最低バカ野郎!」
拳をわなわなといななかせ、涙目のB子は林檎よりも真っ赤な顔でA弥を睨み付ける。そのまま踵を返し去っていく彼女を仰向けのまま見送りながら、A弥は腫れてきたであろう頬を押さえつつ「心配して言ってやったのに…なんだよあの暴力女」と呟いたのだった。



Side:C太、D音

海へ足を踏み入れ、先に遊んでいたB子、C太と合流してから、海中でのバレーに興じて数十分経った頃だった。一度休憩と言って中断しすっかり上がった息を整えていると、ちらりと浜辺を見たB子が「私、ちょっと飲み物飲んでくるわ」と一抜けしていった。浜へと向かう頬が彼女の水着の色にほんのわずか染まっていたのを認め、D音は心中でB子への声援を送る。
(頑張ってくださいね、B子ちゃん)
パラソルの下で休んでいるA弥の元へと向かっていくB子を見送っていると、背後からC太の声が聞こえた。
「B子ももっと素直になればいいのにね。あの二人、なんだかんだ言って傍から見ててお似合いなんだから」
どうやら考えていたことを読まれたらしい。同じ方向を見ている彼に苦笑を返しつつ、D音は頷く。
「ええ…。昨日B子ちゃん、デパートの水着コーナーを何回も回りながら『どれが一番いいかな…?』と悩んでいたから、上手くいってほしいんですけど…。あの時のB子ちゃん、とっても可愛かったから」
まるで親目線の言葉を返すとくすりと吐息が耳に届く。
「D音もね。すごく似合ってるよ、その水着」
D音の水着はB子と対照的に白いワンピースタイプのもので、紐や縁にフリルがあしらわれ、彼女の清楚な雰囲気を際立たせている。D音は己を見下ろし、小さく恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう、ございます…。B子ちゃんにはとても敵わないですけど」
豊満な胸囲も緩やかなカーブを描く腰も、モデルにスカウトされたこともある学校一の美少女であるB子には敵わない。そう思って自虐的に微笑むD音にC太はやや語調を強める。
「そんなことない、D音だってB子に負けず魅力的だよ」
しかしD音は申し訳なさそうな笑みを崩さない。社交的なC太のことだから、いつものお世辞だと思っているようである。ならばと、C太は彼女の細い手首を取った。
「え、」
軽く引き寄せるだけで突然の行動にD音はろくな動きもできずこちらに傾いてくる。そうして近付いた距離、C太は彼女の耳元で囁いた。
「少なくとも、俺はD音が一番可愛いと思う」
胸元に倒れ込んできたD音の頭を優しく支える。数秒の間を置いたあと、勢いよく上げられた顔は常にポーカーフェイスな彼女にしては珍しく深紅に染まっていた。
「し、C太さっ……」
にっこり。極め付けにとっておきの笑顔を見せると、顔のみならず全身を火照らせたD音はこちらを軽く押して距離を取り、くるりと背中を向ける。
「わ…私、あっちの方に泳いできます…!」
そして、そのまま沖の方へと泳ぎ出す紫色の背中を見送りつつ、C太は愉快そうに微笑んでいた。



天空の一番高いところを陣取っていたのではないかとさえ思える太陽が、水平線の彼方へその身を隠す頃。赤く染まった海面を眺めながら、四人は帰りの支度をしていた。
「なんだかんだ言って、けっこう楽しかったわね。また来ようね、D音!」
「はい…!ぜひ、来年も行きましょう!」
水着から私服に着替え嬉しそうに話す女子たちを横目で見つつ、パラソルを片付けているA弥に声がかけられる。
「A弥、どうだった?B子とは」
ウインクなどをかまして話しかけてくるC太にA弥は溜息を吐く。
「どうだったも何も…。殴られた」
彼の頬には未だ赤みが残っている。「いきなり殴ってくるんだから…。本当、意味が分からないよ」と愚痴を零すA弥に苦笑する。
あのあと、D音が離れていってすぐに今にも泣きそうな顔をしたB子が戻ってきた。彼女から話を聞いたC太は、A弥の返事を聞いて内心でD音のごとく親のような感想を抱かざるを得なかった。一見正反対に思えるA弥とB子だが、本来の二人は発言が率直すぎるせいで誤解されることが多々あるという点で共通している。それゆえ喧嘩も多い二人は、傍で見ている分には似合いのカップルなのだが、本人たちにとっては色々と大変なのだろう。上手くいくことを願っていたD音の言葉を思い出し、淡い彼らをこれからも見守っていこうと決意を新たにする。すると、こちらを向いたA弥が先程のC太の言葉を返してくる。
「C太こそ、どうだったの?その…D音とは」
紅色の視線に思考を中断し、C太は笑う。
「ああ、思った通りに褒めてみたんだけどね。照れられて、逃げられた」
そんなところも可愛いという言葉は飲み込み、肩を竦める。今はA弥の恋愛に力を傾けたい。余計な惚気は不必要だろう。A弥は「ふうん」と呟いてパラソルを畳んだ。
太陽は少しずつその姿を沈ませている。潮風と夕焼けの光をいっぱいに浴びながら、少年少女の夏の一日が、ゆっくりと過ぎ去ろうとしていた。



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