目まぐるしく変わりゆく、流れ続ける風景。それは見慣れた通学路だったのかもしれないけれども、あっという間に過ぎてしまう街並みに目なんてとても追いつかず、そしてそんなことを考えている余裕も全くもって皆無だった。
引かれた手、掴まれた手首は少し痛いはずなのに、感じる体温に不思議な気持ちが心を満たしていく。こんな時でなければ、ずっと憧れだった兄の温かさ。前を行く金色の髪を見て、そして振り返り視界に入った黒髪に眉を歪めてしまった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。纏まらない思考に答えは出ず、ただ一つ分かるのは、静雄さんは今ものすごく機嫌が悪いということだけだった。
「本当に性格が悪いね。そしてシスコンにも程があるよ、シズちゃん」
妹さんの交友関係を勝手に狭めようとするなんてさ。その人は、走りながらそう言った。正確に言えば、私たちを追いかけながら、だ。折原臨也さん。先日家に訪ねてきた、情報屋という仕事を営んでいる男の人。静雄さんの高校時代のクラスメイト。つまりは静雄さんのお友達、関係性だけを見ればそうと言えるのかもしれないけれど、やけに口角の上がった折原さんの笑顔と何より静雄さんの眉間に深く深く刻まれた皺がそんなほのぼのとした名称で語ることを完全なまでに否定しているように思えた。追いかけてくる。静雄さんもかなり足が速い方だけれど、それに悠々と追いついてくる速度。私というお荷物を引っ張っているせいもあると思う。付いて行くのが精一杯で、そもそもどうしてこんなに逃げなければいけないのかふと考えて、しかし私の心も警鐘を鳴らしていた。きっと折原さんは関わってはいけない人物なのだろう。良く知らない人に対してかなり失礼な見方だけれど、ぞわぞわと背筋を撫でる不穏な空気、そんなものを感じ取って、だから私も必死に逃げていた。
前を走る静雄さんが振り返る。私ではなく折原さんに視線を向けた。
「手前に言われたくねえよ。杏里を手前なんかに関わらせて堪るか!」
その瞬間、手首を握る力がほんの少しだけ強くなった。それでも加減されていることがわかって、こんな時でも嬉しくなってしまう。そんな風に、気を抜いたことがいけなかったのか。手首から静雄さんに目線を移した時、ふと躓いてバランスを崩してしまった。
景色が後ろから下に流れる。いや、私が前に傾いているのだ。一歩前に踏み出せばもしかしたら回避もできたのかもしれないけれど、咄嗟のことに思考は回るどころかただただ真っ白になり、すべてが停止した感覚。ゆっくりと目を閉じると、お腹の辺りに何かが触れた。
「危ない危ない」
目を開けると、今まで見たことのない表情をしている静雄さんがいた。考えなくてもわかる、背中のすぐ後ろに折原さんが立っている。お腹に片腕が回され、それとは反対の手が私の片手を掴み、どうやら助け起こしてくれたらしい。降ってきた声は心なしか安堵の響きが含まれていた。
首を動かし、見上げる。すると視線が合った。にこりと笑う顔はとても胡散臭い、と思う。けれどどうしてだろう、それは先程の貼り付けたようなものとは違うように見えた。私は、ただ黙ってしまう。お礼を言おうか、けれど喉に何かが引っ掛かったように言葉が出て来ない。それでも、助けてくれたのは事実だから、向き合ってお礼を述べようと思った時。
「おい…いつまで引っ付いてやがる…!」
なんとも形容しがたい表情をしていた静雄さんが、引く声を漏らした。冷や汗が流れる。どうやら、そろそろ限界らしい。額に青筋を浮かべている静雄さんに背後で鋭く小さな音が聞こえた。まるで小型のナイフを取り出したような。私から身体を離した折原さんが、笑ったような気配がした。
そうして、お礼も言えないまま危惧していた二人の「戦争」が、その日池袋の片隅で勃発した。



(男の嫉妬はみっともないよ、シズちゃん)
(うるせえ消し炭になれ消えろ!)
(あ、あの…)


たいへんなひにちじょうがやってきました



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