自分も随分と欲張りになってしまったなと感じたのは、交差点を越え大通りに足を踏み入れた辺りだった。
耳を澄ませば聞き慣れたクリスマスソングが耳朶を擽り、顔を上げれば幸せそうに寄り添い合う恋人たちの姿が目に入る。街を彩るクリスマスムードに、ぺこぺこと頭を下げる先程の帝人の様子が思い出された。
正臣が退学して以来、自然と帰り道を二人で歩くのが定番となっていたのだが、今日は先生からの用事が入り一緒に帰れなくなってしまったのだ。
ごめんね、と何度も謝っていた帝人の優しさに頬が緩み、同時に、一人で歩いている自分が急に惨めな存在のように感じてしまう。
以前は一度も感じなかった感情に、杏里は苦笑をこぼす。
高校に入学する前なら、一人で下校することに寂しさなど微塵も感じなかったし、ましてやそれがクリスマスの日でも何ら感情が揺さぶられることなどなかったのに。
帝人や正臣と出会い、すっかりと楽しい時間に浸かってしまっていた自分に気が付き、欲張り者と首を振った。
罪歌に寄生している自分が、随分と贅沢者になったものだ。
自嘲の代わりに顔を伏せ、足を速めてこの幸せな街から遠ざかろうとした、その時だった。
「きゃ、」
下を向いていたため回避動作を取れず、前から歩いてきた人物とぶつかってしまう。
多少よろけ、謝ろうと慌てて顔を上げると、見知った顔がこちらを見ていた。
「園原じゃねえか」
連日天気予報で冬の猛威が伝えられているこんな寒い日にも変わらずいつものバーテン服を纏った、長身の男の姿。
サングラスの奥の瞳は多少の驚きを伝えており、杏里ははっとして頭を下げる。
「す、すみません…。お怪我はないですか?」
「ああ、別に。大丈夫だけどよ。お前は大丈夫か?」
「はい、平気です。本当にすみませんでした…」
煙草を持ち直す姿にどうやら怒ってはないらしいと安堵し、ぺこりと再び頭を下げると頭上で微かに笑う気配がした。
「ちゃんと前見て歩けよ」
見上げると、そっと頭頂部に置かれる手。優しい笑顔にどくんと跳ねた鼓動の理由はわからず、杏里は会釈をし踵を返そうとする。
「ありがとう…ございます。あの、それでは、失礼します…」
静雄の横を通り過ぎようとすると、ふと、背中に声が掛けられる。
「園原。お前、これから暇か?」
振り返ると、後頭部に手をやっている静雄がおり、少し疑問に思いつつ首を縦に振る。
今日は終業式で、有り難いことに宿題もあまり出ていないから、これから夕食を食べてお風呂に入って早目に寝ようと思っていたところなのだ。
すると静雄は少し表情を柔らかくし、片手に下げていたコンビニの袋を持ち上げた。
「これから、事務所でクリスマスパーティーするつもりなんだけどよ。よかったら来ねえか?」
なんか新鮮味がねえから、トムさんに買い出しのついでに知り合いに会ったら誘うように言われてたんだよな。
そう言った顔に、杏里は立ち尽くしたあと、思わず呟いていた。
「あの…、私が行って、いいんですか…?」
おずおずと尋ねると静雄は再び笑い、力強く頷いた。
「だから誘ってんだろ。暇なら来いよ」
その表情に、泣きたいような気持ちになってしまうが、場に相応しくないと杏里は彼に倣って笑顔を浮かべる。
同じように心が温まるような笑みを浮かべられたかはわからないけれど、静雄は微笑んでくれた。
「…はい。行きます…!」
今日はクリスマスイヴ。恋人たちは愛を囁き合い、仲間たちは集まって騒がしくも幸せな時間を過ごす。
今日ぐらいは許してくださいと呟いた祈りは届いたかはわからないけれど、その日、池袋のとある一角でも、賑やかで楽しげな笑い声が夜中まで響いていたという。



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