抜けるように白い肌。細く丸みを帯びた肩の上に乗る小さな頭。ふっくらとした頬をもつその顔容は、真ん丸で大きな瞳に桜桃のような唇が際立ち、実年齢よりかなり幼く見えるという。
ピーチ・マキ。桃の名を冠する彼女は、ふわふわした黒毛の髪を揺らし、熟れ始めたばかりの実を軽く撫でた。細かい産毛に包まれたそれは、まだ固さを残してはいるものの淡い桃色に染まり始めていて、マキは小さく喉を鳴らした。仙桃の実は、今年も撓わに実りそうだ。温暖な天国の気候により甘さと水分をたっぷり含んで熟れきったその実は、まさに昇天するほどの美味だという。故に熟練した者の手により大切に厳重に管理されている高級品が、今は自分の手の中にある。成長しきっていないが今の段階でも充分に美味しそうだ。
ちょっとだけ。マキは、きょろきょろと辺りを見回してこの一つをもごうと手に力を込める。
「駄目だよ、食べちゃ」
不意に。靴音がしたかと思うと聞き慣れた声が穏やかに言葉をもらした。振り返るといつも通りの笑んだままの彼がいる。マキは些か気まずそうに緩やかに微笑んだ。笑って誤魔化す、そんな古典的かつ気休め程度の気の逸らし方が彼に有効だとは思えなかったけれど、白澤は咎める様子もなく表情はそのままで歩を進めてくる。
「すみません、つい…」
あはは、と零すと白澤は片眉を下げ、仕方ないねと返した。
「天国一の美味だからね。食べたくなる気持ちもわかるけど、うちの大事な商品だから穫っちゃいけないよ」
桃の実に伸ばした指をそっと包まれた。色白で、整ってはいるがその大きさはマキの手を簡単にすっぽりと覆ってしまえるほどで、やっぱり男の人なのだと少々ずれた感想を抱く。
軽く身じろぐと背中に胸板の固さを感じた。マキの背後から手を伸ばしている白澤は、今現在の距離感もあって彼女の頭上すぐから声を降らしている。端から見れば後ろから抱き締められているようにも見えるだろう体勢に、今更ながらの危機感を覚えた。
「白澤さ、」
振り向こうとする言葉の途中で肩に触れた手の感触。そのまま鮮やかに顎に手をかけられ、開いたままの唇に重ねられる彼のそれ。呆然としている内に離れた顔を見送っていると、白澤がにんまりと笑う。
「いけない桃泥棒にお仕置き」
べ、と舌を出して、いたずらっぽくウインクをする白澤に、知らず頬が熱くなった。今すぐ彼を引き剥がしたくなる。しかし、目の前には天国の宝とも呼ばれる仙桃の樹。背中に触れるほど真後ろには肘で突いてもびくともしないであろう軟派男。退路も往路も断たれ、マキは悔しげに唇を噛むのみだった。
「…すみません。反省しましたから、離してください」
背後の彼には見えないだろうと思ったものの、意識して憮然とした表情を作り告げる。しかし笑いの吐息が聞こえた。くすくすと、軽やかな笑い声を零しながら白澤はゆっくりと後ろに下がる。
空いた空間に半歩下がり、振り向いた。見上げるほどの長身はただ美しい愉悦の表情を湛えており、マキの中で何かが疼く。してやられてばかりの自分が苛立たしく、彼との年の差を感じざるを得ない余裕の振る舞いが妙に腹立たしかった。
だから、といってはあまりに子供じみた復讐心かもしれないが、自分にできる反抗がこれぐらいだというのもまた偽らざる事実なのである。
マキは爪先立ちになると、身体を伸ばして白澤の衿元を引き寄せる。俄かに詰まる距離、近付いた彼の顔に勝利の笑みを浮かべた。ぶつかったのは紛れもなく、互いの唇と唇である。
「…今度は、どんなお仕置きをしてくれるんですか?」
ニヤリとアイドルらしからぬ笑みを浮かべながら呟くと、再び見上げた顔は一瞬目を見開いたあと愉快そうに歪められる。
そうして、笑った彼が自分を軽々と引き寄せるのを感じて、マキは静かに微笑んだ。


Thanks:heso



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -