俺の杏里は可愛い。エロ可愛い顔と身体ももちろんそうなんだけど、時折見せる控えめな笑顔とか、もうたまらなく俺のハートを鷲掴みにするのだ。
その日も杏里は俺と一緒に帰る下校の道すがらでそのとても可愛い笑顔を惜し気もなく披露していた。これで本人には自覚がないんだから全く困ったものである。宇宙一紳士かつ相手の気持ちを光速で慮ることのできる気遣い屋さんな俺だからまだよかったものの、これがその辺の下衆な男だったらすぐさま襲われてその後に攫われていたはずだぞ。うん、彼女が可愛すぎるというのもそれはそれでなかなか困りものだな。
しかし、俺といる時の杏里は他の誰かといる時よりも笑う回数が多い気がする。なんて恋人の欲目かもしれないけど、俺だけがこの可愛い笑顔を独占しているのだと思うと叫び出してしまいたいほどうれしかった。
「紀田君」
聞こえた声に正臣でいいのにと返すとにわかに赤くなって恥ずかしそうに俯く杏里が可愛くてたまらない。思わずもっと照れさせてこの表情を思うままに独り占めしたくなるが、そこは堪える。さっきも言ったが、俺は紳士なのである。彼女をわざと恥ずかしがらせるような不粋な真似はしないのだ。うん、我慢我慢。
気を取り直して話を促す。何か言いたいことがあったゆえのさっきの呼び掛けなのだろうから、消極的な杏里が言葉を引っ込めてしまう前にきっかけを与えてあげるわけだ。いや、そもそも話の腰を折ってしまったのは俺なのだが。
「あの…、大したことじゃないんですけど…」
俯きがちに言葉を紡ぐ杏里。大したことだろうとそうでなかろうと、俺にとって杏里の発言はどんな高尚な説法より価値があるものなのに、謙虚であり自虐的でもある彼女は自信なさげに呟いた。
「その、幸せだなって…思ったんです」
目を伏せて、両手を身体の前で重ねて、杏里はそう言った。思わず瞬く。彼女が幸せなのは俺にも幸せなことだが、一体、何がそう思わせるのだろう。心当たりがなく、首を傾げた。もしかして、昨日まで3日ほど風邪で休んでいた帝人が今日めでたく学校に復帰したことだろうか。だとしたらちょっと妬けるところなのだが。
俺が不思議そうな表情をしているのに気が付いたのだろう、杏里は少し慌てたように続きを言った。
「あ、あの…紀田君と、その…、一緒にいられて、幸せだなって、思ったんです…」
へ、変ですよね、すみません、と。俺が何の反応もしないので、杏里は最後は縮こまって言葉を終わらせた。だけど誤解しないでほしいのだが、俺は何も、正に杏里が危惧しているように、訝しがったり引いたために黙り込んでしまったわけではないのだ。もっと別の、まあ言葉を飾るのはやめておこう。要するに彼女が可愛すぎて言葉が出て来なかっただけである。天下の往来のど真ん中にいるため今すぐにでも抱きしめたいのをなけなしの理性で抑えているというのに、目の前で小さな頭を下げてしょんぼりしている杏里を見ているとなんだかもう、堪らなくなってしまって。
「俺も、杏里と一緒にいられてすっげー幸せ」
結局、宇宙一紳士かつ世界で一番杏里を愛している俺は、そう呟いてから妥協策として彼女の小さな手をぎゅっと握ったのだった。



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