小十郎は怒っていた。普段は伊達軍のため、政宗のために奔走する小十郎だが、彼が日々精根込めて育てている野菜のこととなると、その政宗さえ蔑ろにして暴走するところがあった。その野菜が、ごく最近、連続破壊・盗難事件に遭ったのである。
もちろん烈火のごとくキレた小十郎は思い付く限りの犯人候補を城に呼び寄せた。主である政宗の判断を仰がずに、勝手にである。とは言え政宗も、小十郎のあまりの迫力に何も言えなかったのだが。
そんな訳で呼び寄せられた数十人の者たち。その顔触れは、伊達軍と利害関係にある軍、政宗の好敵手のいる軍、あとは小十郎が何となく思い付いた他軍の者と、さまざまである。
そんな者たちが、城の大部屋で、仁王立ちの小十郎の前で横並びに正座させられていた。

「テメェらァ…。覚悟は出来てんだろうなァ…」
顔に影を作った小十郎が、パシンパシンと両手を打ち合わせながら集められた者たちを見下ろす。
その姿は鬼神にも勝る迫力だ。
そんな重苦しい空気の中、手を挙げた者がいた。
真田幸村である。
「その前にお尋ねしたい!某達はいったい如何なる用向きで集められたのでござろうか!」
頭に血が上った小十郎は詳しい事情を話さないまま集めたらしい。
幸村の困惑した、しかしわりと冷静な声に、小十郎も少し頭を冷やして説明した。
「…ここ最近、俺が管理している畑の野菜が、相次いで盗まれるということが起こった。盗まれなかった野菜も粉々に崩されていて、とても食えたもんじゃねえ」
その言葉に、幸村は驚愕の表情を浮かべた。
「何と!誰がそのような卑劣なことを…」
「それがわからねぇから、こうしてお前たちを集めたんだ。何か心当たりはねえか?」
小十郎の問いに、幸村は首を振る。
「某には、何も…。大体、かように卑劣なこと、するわけがござらぬ!」
ハア、と溜息をついて、小十郎は「そうか…」と呟く。
そこに、部屋の奥の方から声が響いた。
「…事情はわかった。しかし、野菜泥棒なんて下劣な真似を、天の使いのごとく素晴らしく、慈悲溢れる謙信様がするはずがない!」
かすがだ。
小十郎はすっとかすがに視線を向けると、皮肉混じりに返した。
「どうだかな。その謙信様の命なら、お前は何でもやるんじゃねえのか?」
「だからっ、謙信様がそのようなことをお命じになるわけがないだろう!」
主が汚名を着せられたことが我慢出来ないのだろう。必死に言い募るかすがに、謙信が静かに声をかけた。
「よいのですよ、つるぎ」
「謙信様…!でも!」
「よいのです。おまえがわたくしをかばおうとしてくれるきもちは、よくわかりましたよ」
「け…謙信様…!」
うっとりとなるかすがに優しく微笑み、小十郎へと視線を向ける謙信。
「このように、わたくしたちにはそなたのやさいをぬすむりゆうも、いしもありません。ぐんしんのなにちかって、なにもしていないとおやくそくします」
冷静な声で丁寧にそう言われ、小十郎は「わかった」と返したあと、頭の中で上杉主従を犯人候補リストから外す。
そんな彼に、背後からまたしても声をかける者があった。
「そうでござりまする!野菜を作る人の苦労や努力、また野菜そのものの頑張りは、わたくしたちお台所に携わる者として知っておかなければならないこと!それなのに野菜を盗み、あまつさえ壊すなど…そのようなこと、する訳がござりませぬ!」
「そうだ!それがしたちはそんなことしないぞ!」
前田利家・まつ夫妻である。
小十郎は彼らに歩み寄り、じっとその目を見つめる。曇りのない、まっすぐな瞳。
小十郎は、まつとは時々野菜の交換をする。
その時の世間話で、まつがどれだけ料理に愛情を込めているか、また利家がその料理をどれだけ愛しているか、少しはわかっているつもりでいる。
確かにそんな彼らが、野菜泥棒などするはずがないだろう。
小十郎は頷き、前田夫妻も犯人候補リストから外す。
その時である。
「ぬう…濃よ、余はいつまでこうしていれば良いのか…」
「申し訳ございません上総介様。今しばらくお待ち下さりませ」
織田信長とその妻・濃姫だ。
野菜の復讐にかられた小十郎は、あの『魔王軍』と悪名高い信長たちまでも呼び寄せたのだ。
その野菜への愛情、恐るべしである。
小十郎は彼らへも尋問の矛先を向ける。
「時間がねえのなら手短に聞こう。俺の野菜を盗み壊したのは、お前たちか」
「フン。余に問ううつけが一匹おるわ…。野菜などそのような土臭い物、興味もないわ」
「何だと!?テメェ、侮辱は許さねえぞ…!」
撫で付けた髪の一筋が落ち、極殺モードになりかける小十郎。
今すぐにでも刀の柄に手をかけそうな彼を、政宗は必死に止める。
「す、stop、stop小十郎!早まるんじゃねぇ!」
魔王に刃を向けたら、この場で戦となるのは目に見えすぎるほど見えている。
それに政宗は、今日は普通なら休みなのだ。
ただでさえ早朝から引っ張り出された挙げ句、尋問に付き合わされているのである。
これ以上騒動を起こされたら、溜まったものじゃない。
そう思って必死に止めると、小十郎はやっと落ち着いた。
「…もう一度聞く。野菜を盗んだのか」
「私たちはそんなことしていないわ。全くの事実無根よ」
濃姫がサラリと答える。
政宗も、あの魔王とその妻がわざわざ畑に来て、大根を引っこ抜いている姿など想像出来なかったので、小十郎に言う。
すると小十郎も少し考えるそぶりをした。
だが、すぐに眉間に皺を寄せ、信長を睨む。
「いや、畑を目茶苦茶にして、精神的な攻撃をする腹なのかも知れませぬ」
織田にはあの変態の明智もいるしな、と真面目に頷く小十郎に、政宗は可哀相な視線を向けた。
どうもこの男は、普段は優秀な忠臣なのに、野菜が絡むと正常な判断が出来なくなる傾向がある。
明智光秀を使い精神的に追い詰める腹積もりであるならば、それこそ松永久秀のように六の刀を盗むとか部下を盗むとか殺すとか、もっと陰湿で効果のある方法を使うはずだろう。
間違っても、野菜泥棒など小規模で子供のような攻撃をする訳がない。
そのことは一度明智と戦ったことのある小十郎もわかっているはずだ。
政宗がそれを伝えると、また小十郎は考え、結局織田軍は犯人候補から外された。
そして、そのことは、他の者たちにも言える。
野菜を使って小十郎を気落ちさせ、そこを狙うという考えの者が他にいるとは考えがたいし、嫌がらせを受ける理由もない。
また、野菜を盗むだけなら壊す必要はない。
ということは、何か他の理由がある…?
伊達主従は、そう考えるようになっていた。
その時である。
「ひッ筆頭、片倉様ぁ!そ、外に、あの本多忠勝と、徳川家康が…!」
部下がバタバタと走ってきたかと思えば、外を指差し、そう叫んだ。
「な、なに!?」
小十郎と政宗は、外に駆け出していく。
そこには、確かにあの本多忠勝と、忠勝を従える徳川家康の姿があった。
家康はゆっくりと口を開く。
「おめぇがあの片倉小十郎、そして伊達政宗だな」
「そうだが」
「忠勝」
家康が一声かけると、後ろに控えている忠勝が家康の隣に並ぶ。
その様子に、伊達主従は刀に手をかける。
すると。
「すまねえ!」
ガバッと、いきなり徳川主従が土下座した。
「は……?」
小十郎と政宗はその訳のわからない行動に、思わず間抜けな声を上げてしまう。
「おめぇたちの畑を壊したの、ワシたちなんだ!」
家康の台詞に、ぽかんとする二人である。
「ど、どういうことだ?徳川」
「じ、実は…」
問う政宗に、家康は事の次第を説明し始める。

曰く、徳川主従はいつものように空を飛んでいた。
すると突然、忠勝がエンジントラブルを起こし、困り果てた二人は適当な所に不時着する。
そこが小十郎の畑だったのだが、降り立ってみると、忠勝の着地時の強烈な風に煽られ、畑は見るも無惨な状態になってしまっていた。
どうしようかと慌てた二人は、とりあえず比較的無事な野菜を責任をもって持って帰り、食べることにした。
だが粉々になってしまったものはどうしようも出来ず、なるべく綺麗にしてから帰ったのだと言う。
これが、すべての真相だったのだ。

「頼む!許してくれ!この通りだ!」
小十郎はその話を聞いてピクピクとこめかみに血管を浮き上がらせていたが、真面目な徳川主従が必死に謝る姿に、少し落ち着いた。
まあ突然のことだったのだし、二人に悪気はないということで、徳川主従は無罪放免になった。
こうして、事件は解決した。

──かに、見えたのだが。

「そう言えば、片倉の旦那。さっき相次いでとか言ってたけど、その他のとかは何だったわけ?」
「? それはワシたちじゃないぞ?」
「あ」

こうして、再び始まる。
野菜泥棒探しという名の、伊達軍軍師・片倉小十郎の暴走と、それに伴う主・伊達政宗の心労が。
野菜に命を懸ける男の物語は、まだまだ続くのであった。



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