どれだけの間、見詰めていたんだろう | ナノ





 たちばなせんぱい。開いた口から言葉が続く事は無くて、ぼくは自分の性格を恨みたくなる。どうも自分の考えを言葉にする事は苦手だ、そう気付いた頃には既にぼくの周りは決まった人間しか存在していなかったんだ。余談はさて置き今だって、ほら。あの人はこの厭に静かな空間の中で只一人、凛と背筋を伸ばし作業を続けている。

(……立花先輩、)

 この部屋を満たす張り詰めた空気が、ぼくは好きじゃあない。それなのに何時もはきゃあきゃあとそれをぶち壊してくれる、頼みの綱の伝七と兵太夫は学園長先生のお使いに出てしまって欠席。至って真面目な籐内は、黙々と作り物の髪を結っている。ぼくだけが、手を止めてぼうっとしていた。嗚呼また立花先輩に怒られてしまう、思えど、その立花先輩の所為でぼくは作業が全く進まない。
 嗚呼早く終わらないかなあ、落とし穴を掘らなきゃいけないのに。偽の手紙を書き続けるのにとうに飽きていたぼくは、そっと姿勢を崩した。委員会の間は正座が基本でも、どうせ立花先輩は見ちゃあいないだろう。

「今日は終いにしようか」

 そう立花先輩が言ったのはぼくが片足を伸ばすのとほぼ同時で、ぼくは弾かれたように顔を上げる。籐内やぼくはおろか、立花先輩の作業も途中だというのに。

「……良いんですか?」
「偶には構わないだろう」

 籐内の問いに、立花先輩は表情を緩める。それを見て籐内は、失礼します、と残しぱたぱたと駆けて行く。ぼくは、それを若いなあと思いながら眺めていた。

「さて、喜八郎。言いたい事は何だ?」
「いいえ、別に何も」
「ほう、この私に向かって嘘を吐くか」

 ――お前が私をじいと見詰める時は、何か言いたい事があるか何か欲しいものがあるかのどちらかだ。視線を真っ直ぐ向けられながら言われ、ぼくは漸く自分が先輩を見詰めていた事を知った。

「先輩には、敵いませんね」


どれだけの間、見詰めていたんだろう
:20100422 月に焦がれて様へ提出

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