恋は突然に




CM撮影現場の待合室で、床に画用紙を広げて一心不乱に絵を描いている男の子が一人。

画用紙いっぱいに赤のクレヨンをぐりぐりと押し当てて、時折手を止めてはその出来栄えを確かめるようにふんふんと頷いてはまたクレヨンを押し当てる。

一見して何を描いているのかは分からないが、彼の頭の中にはしっかりと描いているもののイメージは出来ていて、そしていつも考えることはイメージしたもののことばかりだった。




──今日のごはんはなんやろなぁ、やっぱトマトがええなぁ。




そう。
彼が今懸命に描いているのは、彼の大好物のトマトだった。

朝昼晩全てがトマトでも構わないと思っている彼は、最低でも一日に一回、食卓にトマトが並ばないとそれはそれは不機嫌になった。

そんな彼に、母親はトマトの食べすぎだと怒ったことがある。

それはつい昨日のことだったが、どうやらトマトのことしか考えていない彼には響かなかったようで、怒られたことすら忘れた彼は、晩ご飯にはトマトを所望しようと口元を緩ませていた。


そんな彼に声が掛かったのは、最後の重要な仕上げ、トマトのヘタを描く作業に取り掛かろうとした時だった。




「アントーニョ君」




そう呼ばれて元々愛想の良いアントーニョは、緑のクレヨンを手にしたまま笑顔で顔を上げた。

「なに?」という意味で首を傾げるジェスチャーも付け加えると、そこにはいつも自分の服や髪を整えてくれる女の人が立っていた。

彼女はとても明るく、トマトが大好きだと言っていた。

アントーニョの「トマト好きに悪い奴はいない」という持論と、何より彼女自身も子供好きだったため、アントーニョは彼女のことが直ぐに大好きになった。




「わぁ、美味しそうなトマトだね」

「このトマトめっちゃ甘いんやで!」

「いいなぁ。今度私にも描いてね」

「うん!!」




自分の絵を欲しいと言ってくれた嬉しさに、とびっきりの笑顔で頷く。

どうせなら今描いているこの絵をあげようか、どうしようかと画用紙に目を落とそうとして、彼女の隣に誰かが立っているのに気付く。

誰だろうと顔を上げたら、それに気付いた彼女が優しく隣の子の背中を押した。




「この子が今日アントーニョ君と一緒に踊る子だよ」




その言葉と同時にててて、と近付いてきたその子が、画用紙の前にしゃがみ込む。

どこからか、ふわりと甘い、バラのような匂いがした。




「それ、トマト?」

「あ、うん・・・」

「へぇ、お絵かき上手だね」




そう言って目の前で咲いた笑顔に、頭の中のトマトが盛大に弾ける音がした。

赤い汁を飛び散らせながら、アントーニョは呆然とした。


可愛かったのだ、その笑顔が。

それがアントーニョにとって、生まれて初めて女の子を可愛いと思った瞬間だった。


自分と同じくせっ毛は金色にふわふわと輝いて、宝石のような青色の瞳がアントーニョを映し出す。

肌の色が濃い自分とは真逆の透き通るような白い肌に、今朝食べた真っ白なイングリッシュマフィンを思い出した。




「え、と・・・きみの、名前は?」

「フランシス。きみは?」

「アントーニョ・・・」

「アントーニョか。じゃあアンって呼んでいい?」




笑った口から小さな歯がちらりと覗く。

上手く言葉が出なくてこくりと頷けば、へへ、とフランシスが照れ臭そうに笑った。


このときアントーニョの頭の中にあったのは、大好物のトマトではなく、一本の赤いクレヨンだった。

そのクレヨンが、画用紙に描いたトマトではなく、長い長い線を書き始める。


上に向かって伸びた線は、二つ山を作って下に伸び、一本の線へと端を繋げる。

この形が何なのかは、今のアントーニョには分からなかったが、自分は病気なんじゃないかと思うくらい心臓はどきどきして、何を話していいのかさえ分からなくなる。

普段はもっとお喋りのはずなのに、まるで息が止まってしまったかのようだった。


これは運命なのかと、頭の片隅でアントーニョは思う。

きっと自分はこの女の子と出会うために生まれてきたのだ、とも。


頭の中が赤いクレヨンでいっぱいになって、それを少しでも伝えたいと思ってその子の名前を呼ぶ。


フラン?フランちゃん?


どう呼んでいいのか分からなくて一拍遅れて口を開くと。




「フランシスくーん!監督が呼んでるよ!」




近くにいたはずの彼女が、待合室の入り口から顔を出す。

「え?」と思って彼女の方を見る視線に合わせて、フランシスが元気良く返事をして彼女の元へと駆けていく。


アントーニョはもう一度「え?」と思った。

いつの間にかいなくなっていた彼女にではない。フランシスの最後に付けられた言葉に、だった。


彼女はいつもの明るい声でこう言った。

フランシス“くん” 、と。


実際自分は呼び捨てかちゃん付けで迷っていたと言うのに、”くん”と言う選択肢が出てくるとは一体どういうことだろうか。


“くん”とは何だったか。

“くん”とは何につけるものだったか。

トマトに塩をつけるのは美味しいけど、やっぱり何もつけないで丸かじりが一番美味しいよな。


弾けたトマトが頭の中をずるずるとずり落ちていくのを感じる。

持っていたはずの緑のクレヨンはいつの間にか画用紙の上に落ちていて。
折れた先が悲しそうにトマトの上を転がっていた。






†end

某動画サイトPBF企画MMDより

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