泥海に沈む
泥の中に居るような感覚だった。
足は重く、窮屈で。
下手に動かせば深みにハマって、引っ張られるように身体が深く落ちていく。
まるで底なし沼だ。
どこまでも、どこまでも落ちていって、気付けばきっと、息も出来なくなるのだろう。
「──エルヴィン、」
呼んだ名前は目の前に居る視線に受け入れられる。
ハマった泥はまだ声が聞こえる程度のようで。
それに安堵して、少しだけ視線を落とす。
見えるのは、身体から浮き出た相手の鎖骨。
自分よりも太くて綺麗な形をしたそれに、口の中の泥を吐き出すように、無遠慮に歯を立てる。
「…エルヴィン、」
痛みに皺を寄せたエルヴィンに、今度は舌を這わせながら名前を呼ぶ。
形に合わせて、肌に合わせて。
呼吸に合わせて舌を動かす。
じん、と、泥が波打つような感覚が口内に広がる。
鎖骨に這わせていた舌は無理やり剥がされ、歯列を割って入ってきたエルヴィンの舌に絡め取られる。
噛み付かれ、吸われ、擦られ。
お互いの唾液を舐め合うように、何度も何度も舌を絡める。
「リヴァイ、」
合わせた唇の隙間から名前を呼ばれ、ゾクリと腰が粟立つ。
エルヴィンの両頬に触れていた手を取られ、自分の頸もとに回すように仕向けられる。
それに何となく察して、素直に腕を回して己の腕を手で掴めば、見計らったように侵入してくる威圧感。
泥を掻き出すような感覚に顔が仰け反る。
食いしばった歯の隙間から、荒い息が短い唸り声と共に漏れ出して、濡れた視界が見上げた天井を歪ませる。
「エル、ヴィン…っ」
声が震える。
いつもより上擦った声に可愛くもない愛嬌が混ざって、折り曲げた膝が情けなく笑う。
全てを飲み込んでもまだ足りず。
もっと掻き出せと回した腕で引き寄せて、噛み付くようにお互いを貪る。
息苦しさなんて気にしなかった。
それよりもただ掻き出して、重くて動けなくなった足を掬い上げて欲しかった。
「──…、」
繋がりながら呼んだ名前は、泥に埋もれて聞こえない。
欲求を満たすために。
全てを忘れるために。
己を赦すために。
己を生かすために。
ただひたすらに腰を打ち付け、ただひたすらに喘いでみせる。
泥海に浮かべた舟の上で。
どこまでも、どこまでも果てていった。
†end
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