子の子猫と訪問者




一人はぐれてしまった隊を探す途中。空を舞う雪を切るような音がして、背筋が凍るのと同時、それを反射でかわす。

身体を反転させて振り返れば。そこには自国の軍服とは違う、此処ではよく見る軍服を着た青年が、此方に銃を向けて立っていた。


出来れば今は見たくなかった…。


表情には出さずに後悔して、首に暖かなマフラーを巻いた青年を見据える。
あの音は銃弾だったのか。
自分の耳と身体能力、それと運に感謝した。




「迷子の迷子の子猫ちゃん?」




少しイントネーションのずれた、それでもきちんと聞き取れる日本語でメロディーを口ずさむ。
その歌は祖国の子供たちが歌っているのを耳にした事がある、日本の歌だった。



「…貴方、ロシア人‥ですよね」

「ダー。カーク ヴァース サヴート?」

「え?」

「お名前は?子猫ちゃん」



にっこりと微笑まれて。それが此処が戦場で敵同士で銃を構えられているという状況とは不釣り合い過ぎて、どう反応したら良いのか分からなくなる。

いつ自分が反撃を食らうか分からないのに。何故そんなに悠長にしていられるのか。



「お名前は?」

「…相手に名前を聞きたければ、先に自分が名乗るのが礼儀です」



外国人相手に礼儀云々が通じるのかは分からなかったが、相手は日本語が分かるようだったので遠慮なく日本語で喋らせてもらう。

まぁ、自分は日本語しか喋れないのだけれど。



「ミニャー ザヴート イヴァン・ブラギンスキ」

「え?」

「イヴァン」

「い、いば…え?」



何なんだ自分。さっきからえ?しか言ってないぞ。

発音が分からなくて困惑する私に笑って、青年が今度はゆっくりと発音してくれる。

成る程、少し下唇を噛んで発音するのか。



「お名前は?」

「…本田、菊‥です」



相手が名乗ってしまった以上、自分が名乗らないわけにはいかなくて。

出来るならば銃口から身体を外したいと思いながらも、相手にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの音量で答える。

敵に名前を知られたからといってどうこうなる話でもないが。あまり良い気がしないのは確かだった。




「クリサンセマム!」




パッと顔が明るくなったかと思うと、無邪気な笑顔を此方に向けて、日本語でもロシア語でもない言葉を発する。

この言葉は、多分聞いたことがある。
昔共同戦線に参加していた頃に、同じ隊に居たアメリカ人が私をそう呼んでいた。

その人は"マム"と略して言っていたけど、確か菊の花を英語にするとそうなるらしい。


──この青年は英語も喋れるのか。


命の危機を感じる場面なのに、相手が余りにも親しげなので妙に感心する。

もしかしたら各国の戦線に参加していたのかもしれないな、と。その余裕そうな態度から、過去に経験してきた修羅場を想像した。



「僕、サンフラワー好き」

「サン‥?あぁ。向日葵の事ですね」

「ダー。サンフラワー、クリサンセマムと一緒」

「えっと…、向日葵は菊科だから同じだ、と?」

「ダー」



"ダー"は"はい"と言う意味なのか、と、日本語とロシア語がイコールで繋がった時。徐に銃が下げられる。


──え!?


私は思わずすっとんきょうな声を浮かべる。

確かに銃口から外れたいと思っていたので、その行動は喜ぶべきものなのだけれど。
あまりにも"当たり前"のように下げるものだから、逆に動揺してしまう。

と言うか、自分が殺られるという危機感はないのか!?




「クリサンセマム、好き。菊も、──好き」




にこり。マフラーに傾けた顔を隠しながら、嬉しそうに言う。

瞬間閉開を繰り返していた口がキュッと閉まり、目が見開かれると同時に顔が火照ったように熱くなる。

どういう意味合いで言ったかは分からないが。滅多に言われない言葉に、心臓が跳ね上がった。



「す‥っ!?わ、私が!?」

「ダー」



あたふたする私を余所に、彼は下ろした銃を肩に着けたホルダーに仕舞う。

本当に殺る気はないようで。あまりに無防備過ぎて、此方がどうこうしてやろうと言う気にもなれない。




「ダスヴィダーニヤ、菊。また会えるといいね」




一層笑ってそう告げる彼に、目をしばたかせる事でしか反応出来なくて。

振り返った彼が雪に溶けて見えなくなるまで。
暫く口を開けて突っ立っていた。





†end

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