枷の憧れ




憧れていた。

ただ純粋に、真っ直ぐに。




「青峰っちは、何でそんなに強いんスか?」




部活後の自主トレを終え、体育館の床をモップ掛けしていたら。

同じくし自主トレを終え、まだ乾ききっていない汗を拭いながらボールを片付けていた黄瀬がそんなことを聞いてきた。




「あぁ?いきなり何だよ」

「いや、興味本意っス」




他の部員は帰宅して、今この体育館に居るのは一緒に自主トレをすると言い出したコイツと二人だけ。


物好きと言うか、何と言うか。

他にもバスケを教えてくれる奴は居るだろうに。実戦ばかりでロクにアドバイスもしない俺のどこが良いのか。




「やっぱり経験?それとも生まれ持った才能っスか?」




静かな体育館に、ボールの弾む音が響く。

センターラインからゴールに向かって構え、押し出すようにボールを離せば。ネットの擦れる音だけを残して、ボールはまた床を弾んだ。



──ナイスシュート



心の中で呟いて、転がったボールを拾いに行く黄瀬を眺める。


やけに飲み込みが早いコイツは、二年からバスケを始めたにも関わらず、既に一軍入りを果たしている。

そう言った点ではコイツにも才能はあるんだろうが、何か引っ掛かるところがあるのか。普段とは違う表情で、手にしたボールを見つめている。




「…黄瀬。ボール貸せ」




コートの外にモップを置いて、黄瀬の方に手をひらひらと見せる。

それに頷いた黄瀬がボールを寄越したと同時に、俺はゴールに向かって走り出した。




「止めろよ?」

「えっ!?ちょ、ズルいっス!」




慌てて駆け出した黄瀬を視界の端に捉えながら、目線はゴールへと注ぐ。

すぐに追い付いた黄瀬がゴールと自分の間に割り込み手を広げる。

視線はボールへ。




「…甘ぇな」

「わっ、ちょ‥!」




左にフェイントをかけてから、黄瀬を軸に身体をロールさせてジャンプシュートを放つ。

宙を舞ったボールはネットに綺麗に収まり、着地と共に高い音を響かせた。




「油断すんなよ」

「いきなり過ぎるんスよ!」




余程悔しかったのか、もう一回もう一回と指を立てる黄瀬を宥めて、他のボールが入った鉄カゴヘと投げる。

跳ねることなく大人しく収まったそれを見て、黄瀬がまた不服そうに頬を膨らました。




「上手くなりたきゃ練習するこったな」

「…そうっスよね、やっぱ練習あるのみっスよ!」

「まぁ俺は才能だけどな」

「ヒドイ!せっかく綺麗にまとまりかけたのに!」




わぁっと顔を覆う黄瀬に笑って、モップのゴミを片付ける。

帰ろうぜ、と振り返れば。
黄瀬はまだ拗ねた顔をしていた。




──あの時は、ただ純粋に憧れていた。

それが今は、その感情が俺を阻む。


なら、それならやめてしまおう。

憧れの気持ちは捨て去って、一人の人間、バスケットプレイヤーとして向かい合おう。


そして、俺はあなたを‥‥





†end

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