銀の吐息




銀色が世界を覆って。
君の姿すら溶けていく。




「こんにちは、イヴァンさん」

「やぁ、菊。いらっしゃい」



電話で今年一番の大雪が降ったと聞いたので、様子を見がてら来てみれば。

空と大地が曖昧な世界で、イヴァンさんがスコップを持って立っていた。



「何をしているんです?」

「水道管が凍っちゃってね、直してるところなんだ」

「それは大変そうですね」



今手にしているスコップで、水道管を雪から掘り出そうというのだろうか?

そんな経験は皆無だったので、邪魔にならないところで作業が終わるのを待つことにした。


それにしても、本当によく積もっていますね。


玄関先のベンチに座らせてもらい、イヴァンさんのいる景色を眺める。

静かに降り積もった雪は、イヴァンさんの足を軽く埋めていた。



「菊、寒くない?」

「大丈夫ですよ。…あ、」



イヴァンさんこそ、大丈夫ですか?

そう聞こうとしたとき、空からふわりと、真っ白な塊が舞い始めた。




「イヴァンさん。雪、降ってきましたよっ」




白い息を吐きながら大きな声で言えば。下を向いて作業していたイヴァンさんが、スコップを雪にさして空を見上げる。

みるみるうちに雪の量は増え、見上げるイヴァンさんの頭や肩に降り積もっていく。




「ほんとだぁ」




もう慣れっこなのだろうか。

呑気にそう声を出すイヴァンさんだけど、雪の量はだんだん多くなってるような気がして。

空も大地も真っ白で、間にある世界さえ白く変わろうとしている。


私は不意に怖くなった。


この雪が、あそこにいるイヴァンさんまで白に変えてしまいそうで。

彼ごとこの世界を、覆ってしまいそうで。




「っ‥イヴァン、さん!」




心臓が高鳴って、命令してもないのに身体が動き出す。

名前を呼んで、雪を掻き分けながら後ろから彼に抱きつけば。白へと変わろうとしていた彼が、驚いたように私を見つめた。



「ど、どうしたの?」

「‥‥ない、で」

「え?」


「…消えないで‥下さい」



ぎゅっと、抱きしめた両腕に力を込める。

そうしないと、そのまま彼が、消えてしまいそうだったから。


怖かった、雪が。
怖かった、それを眺める彼が。

境界が曖昧な分、触れていなければ安心なんて出来なかった。




「──大丈夫だよ、菊」




優しい声音が、私を包む。

ふわりと抱きしめられて、私は空を見上げた。



「僕は消えない。君を置いて、消えたりなんかしないよ」



真っ白な空に、イヴァンさんの微笑む顔。

少し赤らんだ頬が、恥ずかしそうにマフラーに隠れる。




お家に入ろうか。
君が消えてしまう前に。




真っ白な大地に立つ菊を見つめて、僕は静かに呟いた。





†end

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