悪気のない笑顔。
先輩からしたら。
当たり前の誘い。
一瞬どう答えればいいのか
迷っていると。
先輩の隣から。
嫌な気配を感じる。
見なくても分かる。
それは自分の表情を探る。
忍足先輩の強い視線。
「…今日は、古武術の稽古があるので」
視線に気付かないように。
目を合わせないように。
感情を押し込んで、
そう答える。
「えー、そうなんだ。残念だな」
悲しそうな顔をする先輩に。
思わず心が痛む。
──そんな顔しないで下さい。
そんな顔されたら、
余計に辛くなるじゃないですか。
上手く表情が作れなくて。
なるべく顔を
下に向けていると。
ホームに。
電車の到着を知らせる
アナウンスが流れる。
「なまえ、電車来るで」
「あ、ホントだ」
言うと同時。
特有の金属音を響かせながら。
電車がゆっくりと停車する。
「じゃあ、私たちこの電車だから」
またね、と手を振る
先輩に頭を下げて。
徐に顔を上げれば。
手をつないで。
電車の中へと
歩いていく二人。
見るつもりはなかったのに。
その楽しげな表情に。
からだの何処かが
チクリと痛んだ。
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