strands
(悪い虫が寄らんようにするんは難儀やなぁ)
(え?何の話?)
お喋りをしている途中で携帯が鳴ったので、ディスプレイも確認せずに慌ててボタンを押して声を出す。
確認なんていらない。
だって、掛けてきたのがこの人なら直感で分かるし、約束もしたから。
『すまんな詩史。日直の仕事終わったから帰ろう思うんやけど、まだ早いか?』
機械越しに耳に届いたその声は、低音が心地良い彼の声。
独特のイントネーションに掠れた語尾が重なって、電話だというのに顔が熱くなりそう。
『ほんなら、校門で待っとるわ』
そう言って切られた携帯を名残惜しげに閉じれば、こちらを見つめる2人の瞳。
爛々と輝くその目に笑って、別れを告げるために唇を離した。
「お疲れ様です、忍足先輩」
「あぁ、詩史もお疲れさん」
門の柱にもたれ掛かるように立っていた忍足に声を掛け、その横に並ぶ。
眼鏡の向こう側にある瞳が優しげに微笑んで、私も自然と笑顔になった。
「麻帆ちゃんは元気やったか?」
「はい。相変わらずでした」
「はは、相変わらずか。そら結構なことで」
一見皮肉のようで、しかし相手を信頼しているからこそ言える言葉に、2人の仲がどれだけ良いかは聞かなくても理解できて。
それに乗っかることで、忍足も2人の仲を肯定する。
"詩史を泣かしたら、赦さないわよ"
昔麻帆に言われた言葉を思い出して、顔には出さずにまた笑った。
「ジロちゃんに邪魔されて怒ってたやろ」
「ふふ。それはもう、般若の如く」
「おぉ怖。出来れば近付きとうないなぁ」
「悠子に飛び火してましたよ」
「飛び火やのうて、あの子は自分から飛び込んでってんのやろ」
「あー、確かにそうかもしれないです」
先程のやり取りでも思い出しているのだろうか。
考え事をするように視線を上に上げながら、柔らかい表情でくすりと笑う。
この表情が"エンジェル"ゆうて、周りの虫どもが騒ぐ要因なんかなぁ。
その表情を横目で盗み見しながら、ふと考える。
人気の高い女の子が彼女なのは、セコい意味ではなくて本当に純粋に嬉しいのだが。
如何せん、当の本人がそれを自覚していない鈍感ちゃんなものだから、こちらとしては心配事が増えて仕方がない。
「せや。桜が綺麗な所があるんやけど、寄ってから帰らへん?」
「わぁ、見たいです!」
──ま、そこが逆に可愛くてえぇねんけど。
それを知ってて逆手に取るような女の子だったら、多分好きにはなっていなかっただろう。
詩史の桜が咲いたような笑顔に、天性のモンやな、と頬を緩ませた。
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