槇の話




新宿にある高層マンションの最上階。


深夜だと言うのに無駄に明るい廊下を足取り軽く響かせて、一番奥の扉の前でカード式の鍵を差し込めば。

ピッと鳴った電子音と共に、金属の擦れる音がして扉が開く。


ノブを引いて玄関に入り、いつもならふぅっと一息入れるところで険しく眉間に皺を寄せた。




「…何、してるんです?」

「おやお帰り。随分と遅いご帰宅で」




玄関にある筈のない靴が置いてあり、嫌な予感がして息を吐く暇もなくリビングの扉を開ければ。

ソファーに座り、優雅に寛ぐ女性が1人。

持ち上げたティーカップからは白い湯気を立たせ、にこりと此方に笑顔を向けた。




「不法侵入で警察呼びますよ」

「我が甥っ子の家に上がり込んで何が不法侵入だ。あぁ、誰かさんと違って人のプライベートを勝手に覗く趣味はないから安心しな」




普段の動作で窓側にあるデスクまで行き、スリープモードにしていたパソコンを立ち上げる。

ロックも掛かったままで侵入された形跡はない。


言葉通りか。

いや、この人の言葉はただの音でしかない。



どうやって入ったのかと聞いてもどうせにこりと笑顔を向けるだけなので、何をしに来たのかと問おうと視線を上げれば。

その視線が、彼女の隣に置いてある、液に満たされた容器に釘付けになる。


中にはまるで生きているかのような、美しい女性の"生首"。




「…どうやって見付けたんです」

「世の中にはダウジングという便利なモノがあってだね」

「世の中にはもっと便利なモノがありますよ」




信じられない。
その一言に尽きる。

驚きの方ではない。
ため息の方だ。




「人のプライベートを勝手に覗く趣味はないんじゃなかったんですか」

「可愛い甥っ子がネクロフィリアなんじゃないかと心配してね」




L字型になったソファーの斜め横に座れば、気にも留めずにティーカップから優雅にまた一口。

きっと中身は昨日買ったばかりの少しお高いコーヒーだろう。

嫌みったらしく上品な香りを漂わせるそれに、まだ未開封だったのにと少々腹を立てた。




「美しいな」




机にティーカップを置いて、代わりに横に置いてあった容器を持ち上げる。

生首という、普通の人なら悲鳴を上げて即倒してもおかしくない代物を前にしてもこの反応。

一体どこまで知っているのか。



自分でも探りきれない情報網を持つこの人は、母の妹、つまり自分の叔母に当たる。


見た目は何処にでも居そうな一般女性。ただし中身はまったくの別物。

外身も中身も普通の母と比べると、実は彼女が本当の親なんじゃないかと思う程だ。




「で、本当は何しに来たんですか」

「甥っ子の顔を見に」

「見え見えな嘘はやめて下さい」

「嘘じゃないさ。現に私はもう行こうかと思ってる」




持ち上げた容器を横から奪えば、大した素振りも見せずに大人しく手を放す。


きっとさっきの一口が最後だったのだろう。

空になったティーカップに、これじゃあコーヒーを飲みに来たと言う方がまだ信じれると言えば。

じゃあそう言う事にしておいてあげるよ、と何故か上から目線で言われた。




「あぁそうだ。臨也」

「っ、…何です」




バッグを肩に掛けて玄関に向かう彼女の後を追えば、靴を履いてノブに手を掛けた彼女が振り返る。

名前を呼ばれると一瞬気後れするのは、自分が彼女に対してどこか苦手意識があるからなのか。




「火遊びし過ぎてオネショすんなよ」

「…貴女も、夜遊びし過ぎて火傷しないように」




何にせよ警戒しているのは確かだし、厄介だと思っているのも事実なので、気付かれていたとしても隠す気は微塵もない。




──私の日常は、これからだよ。




そう言って扉を開けた彼女は、気付いているのかいないのか。

やっぱりにこりと笑うだけだった。





†end

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