『大丈夫ですよ、僕があなたを守りますから。僕のそばにいたら、大丈夫』

迷子になって泣きじゃくる彼女を抱きしめながら言った言葉。
その言葉を嘘に変えてしまったのは、紛れも無くあの瞬間だった。
父が死んだあの時、約束を破り捨ててしまったオレに、もう「次」等残されていない。





「いいですか?挨拶の後、何をしていたのか、どこに行くのかという予定を聞きなさい。そして可能ならば奴に着いていくんです。…まぁ、いきなりそこまで積極的になるのは難しいでしょう。オレが陰で指示を送ります」

白眼で突き止めたその男は一楽でご機嫌そうにラーメンを啜っていたのが一分前。
今はすでにがま口財布を出し、支払いをし終わっている。様子を見てみると、店の店主と会話をしているようだ。
オレの横でもじもじとしているヒナタ様は、まだ顔を見合わせてもいないのに仄かに顔を赤らめて、自信なさげにうつむいていた。

「…ヒナタ様、テンテン曰く女は度胸だそうです。リーも恋愛は奪った者勝ちだといっておりました。…大丈夫ですよ、勇気を出して前に進む者を拒む奴などいません」

行ってらっしゃいと、背中を一押し。
その反動でヒナタ様は小さくうなずいてから前に向かって歩き出す。
それとほぼ同時に、暢気な面をして店からあの男が出てきた。

「お、ヒナタじゃん!ヒナタも今から一楽か?」
「あ…えっと…」

くるりとヒナタ様がオレのほうをちらり。…大丈夫だ、オレの姿は電柱とヒナタ様でカバーされていてナルトからは見えないはずだ。それにしても助けを求めるのが早いです、ヒナタ様。
とりあえず無難であろう散歩とでも言えと、口だけを動かしてヒナタ様に伝える。
どうやら届いたらしい、ヒナタ様は「ちょっと…散歩してたの」としどろもどろと答えていた。

「あ…な、ナルト君は…何してたの?」

オレの助言どおりにヒナタ様は奴に問いかける。
初日でここまで出来たら、ヒナタ様にしては上出来だ。…なんて、オレはどれだけヒナタ様を見てきたと驕れるんだろうか。このくらいの質問、きっとオレが何も言わなくてもヒナタ様には出来ていただろうに。

「オレは一楽でラーメン3杯食って〜これから散歩ついでに修業!里も平和になったし、また火影になるために頑張りなおさねーと!」
「そ、そうだね…私も頑張らなきゃ…。平和になったとはいえ、苦しんでいる人はまだたくさんいるもの…」
「そうなんだよな〜…オレってば、難しいことはまだよくわかんねーけど…オレが火影になったら、そういう辛い奴らのために何か出来ることとか、たくさんしてやりてーんだ!」
「そっか…すごいね、ナルト君は…私、応援するよ。ナルト君が火影になったとき、里のみんながたくさん笑ってくれるように」

…ここでオレは彼女に背を向けた。
おそらく、これからも二人の会話は続くだろう。オレがサポートする必要もない筈だ。

ふと空を見上げてみると、地平線の向こうに夕日が沈みかけているのが見えた。
広々とした空に羽ばたいていく3羽の鳥も。3羽はやがて1羽と2羽に分かれ、それぞれ逆方向に向かって消えていった。

****

「昨日はね、ナルト君の修業を見せてもらったの」

初夏も過ぎたころ、いつものように買出しに行く最中でヒナタ様がそう言った。
あの男とも会うたびに自然な会話が出来るようになっていったヒナタ様。最近はおしるこが好きらしいあいつと、よく話しついでに甘味を食べに行っているらしい。
もうそろそろデートにもいけるのではないだろうか、ナルトはもともと天然な男だ。会話しているうちに自然とそういう流れを作ってくれるのではないだろうか。
となるとオレはナルトの好みを調べておく必要があるかもしれない。そもそも隣にヒナタ様がいるというだけで絵になるのだ。それだけで満足すべき話なのだが、それではやはり陥落するには生ぬるい。
オレが裏で調べておいて、ヒナタ様にそれとなくナルトの好みの服や飾りを提案すればいいかもしれない。今のうちに調べておこうか。

「…ネジ兄さん、大丈夫?」

目の前にかざされた手に、意識が現実へと引き戻された。
しまった、肝心のヒナタ様の話を聞いていなかった。…いや、聞きたくなかったのかもしれない。
何をしているんだ、オレは。ヒナタ様の幸せのためだ、これが彼女に与えられる唯一の方法だと、何度自分に言い聞かせたことか。

「…すみませんヒナタ様、もう一度言ってもらえませんか?少しぼんやりしていました」
「もうっ兄さんったら…」
「すみません」

わざとらしく頬を膨らませるヒナタ様の頭を撫でると、彼女は拗ねた振りをして少しだけ笑う。
ここまで仲良くなることが出来たのは、あの男がオレに道を与えたからだ。
そんな恩人であるあの男を好いているヒナタ様。そうだ、オレは何を迷っているんだ。信頼している男に委ねるんだ、何も問題は無いだろう。

(…オレは、何一つ間違っていない)

「・・・待っていてくださいね」
「え?どうしたの?」
「…なんでもありません。さ、買出しを続けましょう。次は八百屋ですね?」

貴女の幸せまで、後何歩道があるのだろう。
そしてオレは、あと何箇所傷をつけることになるのだろう。

上手い具合に誘導、置き去りになった鳥は何処
(似合いの二人になれるさ、きっと。)

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