Title by 花影


終わり。
終わり。
終わり。

一羽の鳥は、今も見えない。




晩夏はあっという間に過ぎ、10月中旬を過ぎた頃、ヒナタ様とナルとの婚姻が決まった。

5代目火影が親の居ないナルトの後見人らしい。
里の英雄で、五代目火影のお墨付き、そして日向家当主の嫡子が結婚。盛り上がらないわけが無い。
式は教会で行われるらしい。神前形式の結婚を基本とする日向がよく許したなと思う。教会のほうが堅苦しさが少しは和らぐだろうという判断だろうか、それともあいつが彼女のウェディングドレス姿を見たいとでも言ったのだろうか。それは分からない。

結婚式の日取りは12月27日。
ヒナタ様の誕生日であり、オレが彼女に出会った日。
ロマンがあっていいと思う、結婚記念日が彼女の誕生日とは。それは毎年のいい思い出になることだろう。

しかし里中がナルトとヒナタ様の結婚に注目する中で、緊張しているのか、プレッシャーがあるのか、ヒナタ様は体調を崩した。
何か思い悩むことがあるらしい彼女は、自室に籠もり、食事も自室で取っているらしい。マリッジブルー、というのだろう。ナルトはそんなヒナタ様のため、日を置きながらも会いに来ているようだった。
あの調子ならば、式を迎える前にはヒナタ様も元気を取り戻していることだろう。好きな男が頻繁に会いに来て励ましているのだ、問題は無いはずだ。


さて、すべてが円滑に進む中、オレはどうしているかというと、オレが今この状況でヒナタ様に不用意に近づくと悪いうわさが立ちかねない。ゆえにヒナタ様とはもう随分前から会っていない。
もともとヒナタ様とナルトがこの段階に行き着く頃には姿を見せることは控えようと思っていたのだ。だからこの状況に不満は無い。…不満など、あるわけが無い。
そう、オレにはない。無いのだ。むしろ来るべきその日を心待ちにしているという方が正しい。ヒナタ様が未来永劫幸せになれる、その日を。なのに。

「あーっもう!ほんっとうにあり得ない!」

だんっとテーブルに叩きつけられたグラス。「店員さーん、バレンシアとウーロン茶2つ…ネジ、あんたは?いい加減何か飲んじゃいなさいよ、今日はガイ先生もちなんだから」
「…ホワイト・レディ」

なんとなく眺めていたメニュー表、なんとなく目に付いたそのカクテルの名前を口にする。酒にはあまり詳しくないから、それがどんなカクテルかは知らない。ただ、名前に惹かれたというべきか。
目の前にいる女、テンテンは店員に向かってそれらをなれた調子で注文する。それからすぐに向き直って、つまみとして頼んだポテトを口に入れ、また「信じられない!!」と叫んだ。

「…テンテン、店の迷惑になる。叫ぶな」
「だって!あんたそれでいいの!?こんな結果、あんたにとって幸せなことなの!?」
「ああ、そうだ。これでいいんだ。お前に何か言われる筋合いは無い」
「…ネジ、あまり今のテンテンを挑発するのは、…でもネジ、テンテンの言いたいことはわかります。僕にも今のネジは、幸せそうには見えません」
「……」

注文した酒とウーロン茶がテーブルに並べられる。
初めて見たホワイト・レディとやらは雪の結晶のような色をしていた。

「…ネジ、あたしたちはずっとあんたを見てきたわ。班員として、仲間として、ずっとあんたを見てきた。…あんたが今、どんな嘘を吐いているのか、何を隠したいのか、何を押し留めているか!そんなこと、あたしたちには分かるのよ!?」
「ネジ、君が如何に彼女を大切に思っているか、彼女にどんな負い目を感じているのか、僕たちには分かります。君のその計り知れない覚悟も、僕たちには分かってしまいます。ネジ、君が今の状況を、本当はどう思っているかも、僕たちには」
「もういい、やめろ!」
「ネジ!」
「…これでいい、これでいいんだ」

自分自身にも言い聞かせるように、はき捨てる。
勢いよく飲み干したその酒は、予想に反して少し辛口だった。

「…ネジ、心に嘘なんて、本当は誰もつけられないのよ」

返す言葉が見つからず、そのまま席を立つ。
くらりと歪む視界、あの酒の所為だろうか。それとも。

そのまま外に出た先は、どっぷりと黒に染まった夜。
何も見えない空、月すらも見えない空。道を照らすのは無機質な街灯だけだった。

「ネジ」

ずっとあの席で黙り続けていた男の声が、少し寒々しい夜の道に響き渡る。

「お前のヒナタさんへの愛は立派だ。だがネジ、あいつらも言っていたが、オレも疑問に思うよ」
「お前は今、本当に幸せか?」


ひなたさまのしあわせが、おれのしあわせ。

自分で守り続けてきた脆い嘘は、仲間の手によって崩れ去った。


守り続けてきた嘘の裏、もう戻れない。道を塞いだのはオレ自身だ。
(零れるな零れるな、泣くんじゃない)

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