「  」

禁忌とした言葉は、つぶやく事を許されているはずの心の中にすら浮かんでこない。
いや、押し留める。
あふれかえらないように、一滴も零れ落ちることの無いように。

もう二度と、オレのせいで彼女が傷つくこともありませんようにと。





その男とばったり会ってしまったのは本当に偶然の出来事だった。
ヒナタ様と散歩に行った帰りだったらしい、奴は今から一楽に行くと言っていた。
「何か予定が無いなら一緒にどうだ」と誘われたオレは、気まずさ覚悟で今、奴と共に歩いている。
ヒナタ様のため、奴の好みを調べだすためにはこうして会う機会も必要だろう。少し時が早まっただけ、そう思えば気が楽だった。

「ヒナタ様が最近、うれしそうにお前の話をする」

たどり着いた先でラーメンをすすりながら一言。
ナルトは「あー…」と少し気まずそうに意味も無く声を上げた。

「なんか…ネジにその話をされると照れるってばよ…」
「当然だろうな。オレはヒナタ様の従兄だ。当然あの人が選ぶ相手が正しいのかどうか、心配だってする」
「……」

奴は無言でラーメンのスープを一気に飲み干す。
それから少し間をおいた跡に、「…あの時、」と言葉を切り出した。

「あの時、オレのそばでずっとオレを助けてくれたのは、ヒナタだった」
「……」
「そのときからちょっと、考えてるんだってばよ。そういえばヒナタはずっとオレのことを見てくれていたんだよなって」
「……」
「だから…」
「ナルト」

もういい、もう十分だと思った。
この男はもう「自覚」をはじめようとしている。
二人の思いが重なるのも時間の問題だろう、そう十分確信することが出来た。出来た、から。

「ヒナタ様の好物はシナモンロールだ」
「おう…って、え?」
「それとあの人はエビとカニが苦手だ。アレルギーレベルで苦手だから気をつけろ。間違ってでもコロッケの中にカニを混ぜたり、エビフライを揚げたりするな」
「い、いや…オレってばそこまで料理上手くねーんだけど…」
「いいから黙って聞け!…ヒナタ様の趣味は押し花だ。植物園や花畑も好んでいて結構頻繁に行く。花言葉にも当然詳しい。花を差し出すときは必ず事前に花言葉を調べろ。
間違ってでも見た目がいいからといって黄色のチューリップなんかを差し出すなよ、そのときはどうなるか…」
「うわぁっちょっネジ!?わかった!わかったから白眼はやめろってばよー」
「オレは本気だ。ヒナタ様を泣かせるようなことは、絶対に許さない。…いや、お前ならばありえないと、思っている」

重い言葉だったかもしれない。
まだ付き合ってもいないのに、ナルトの気持ちもいまだはっきりしていないのに、果たしてこんなことを言ってしまっていいのかと。
だが、それでも言わずにはいられなくて。

「…オレはもう出る。代わりに払っておいてくれ」
「えっネジ?これちょっと多…」
「煩い、細かいことは気にするな」

妙なところできっちりしたナルトの言葉を跳ね除けて帰り道へ。
薄暗い空にかすかに映る陰。その陰は二つに離れ離れになってぼやけていく。

――理想としていた、目指していた現実。
紛れも無い、彼女にとっての幸福の道。
それがなぜこんなにも胸を痛ませるのか。

「…っ」

溢れかえりそうなその言葉を、心の奥底に埋め込むように飲み込む。
言ってはいけない、思えば終わり。
気づきたくない現実が、時と共に溢れ還ろうとしている。


後ろを振り向かせようと手を引く空
(あと少し、あと少し引き寄せたら二人の心は隙間なく)

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