Short Dream



 私の好きな人はいっしょにテレビを見ていて「この子可愛いよね」と言っても「興味ない」とか一蹴してくるし、男のタレントを眺めていると拗ねたように後ろから抱き締めてくることがある。愛されているのだとよく理解しているし、それはとても幸福なことだと思う。だからこそ、私はあなたに愛されるにふさわしい女の子になりたいと思うのだ。







 毎年やって来る健康診断。身長は全く変わっていないのに体重は駄目な意味で変わっていた。秋から冬にかけて焼きいもを食べたりお餅を食べたり、炬燵でごろごろ布団でごろごろ、思い当たる原因は沢山あった。
 家に帰って下着姿で姿見の前に立つと見えてくるのが自分の粗だ。あれ、お腹こんなに出てた?太ももまた太くなってない?とか。…せめて胸が膨らんでくれたらいいのに、どうして要らないところばかり大きくなるのか理解できない。だけどやらなきゃいけないことはただひとつ、分かりきっていることだ。
 今の世の中というものは大層便利なもので、スマートフォンを開けばダイエットの知識や情報が指一本でぽんぽんと手にいれることができる。私が小さかった頃は今で言うガラケーが主流だったのに、時代は変わった。昔はアプリなんて有料だったのにほとんどが無料なんだもん。
 とりあえず私がやるとしたら軽い運動だよね、と適当に運動アプリを検索しはじめる。とりあえずアラームで運動時間を知らせてくれるアプリで腹筋をしよう、という考えだ。
 あとやるとしたらやっぱり食事制限…なんだろうか。炭水化物ダイエットとか、糖質制限ダイエットとか色々聞くけど一番いいのはなんなんだろう。胃袋を小さくすることが大事とも聞くし、そこから始めた方がいいのかな?ということで今日の晩御飯から量を半分に減らすことに決定。続けられるかは自分次第、まずは三キロ、頑張ってみよう。「よし!」と一人で叫ぶ。
 瞬間、遠くからガチャリという音が響いて姿見中の自分が飛び上がるように驚いた。現在、未だに下着姿。帰ってきたのは空手道場に稽古に行っているはずのネジしかいない。それにしの格好、いくら恋人とはいえ見せる気構えもないし雰囲気でもないのにこれはやばい。居間への扉に手をかけたであろう彼に「待って!ちょっと入ってこないで!!」と叫ぶ。でもそれで彼はなにか別のことを考えたらしい、そう、例をあげるなら浮気とか。物凄く青ざめた顔の彼ががちゃりとドアを開けて居間を覗きこんだ。その瞬間私は見られるときは見られているものとはいえ「ぎゃあああー!!」と絶叫。なんせ私はこれから夏を目前としているにも関わらず太ってしまっている。見せられるものじゃないし見せたくないものだった。ネジが「済まない」と気まずそうに玄関に引っ込む。いつのまにかしゃがみこんで体を隠していた私は、彼が消えたことを見届けてそれから慌てて服を掴んだ。



 「今が一番健康体だろう。BMI指数21でいったい何が不満だというんだ」
 
 服を着てから改めて向かい合って話をすると彼はそう言ってため息を吐いた。確かにネジの言う通り指数的には何の問題もないし状態維持が適当なことにも気づいていた。けれどやっぱりそれでも、となってしまうのが女心というもので。
 ごにょごにょと「それでも去年の夏の方がずっと綺麗だった気がするんだもん。あの体重がいい」とごねる。ネジは「オレはそれで十分だと思う」と呆れ顔でいうけれど、でも私はそんな優しさに甘えたくはなかった。
 もっと自信を持ちたい。この人の隣に胸を張って並べるような私になりたい。ネジはこんな私でいいって言うけれど、私はもっと私自身も好きだと思えるような私がいい。
 なんてことをしどろもどろと伝えるとネジはため息を吐いて「そこまで気にすることか」とまた傷つくようなことをぽつり。それから何か考えたらしく、不意にカーペットを指差し「横になれ」と一言。……え?

 「あ、あの、何?」
 「いいから」
 「…は、はぁ」

 言われるがままに横になるとネジは私の伸びた足を曲げさせ、両足首を押さえた。…これはつまり。

 「さあ、やれ。まずは10回だ」

 腹筋、というやつだ。
 ゆっくりゆっくり「まだまだ」とか「もう少しだ」とかと声をかけられながらえっさえっさと上体を起こす。腹筋なんて真面目にやったのは本当に久しぶりだったから、10回やっただけでもう私はくたくたになっていた。「よく頑張ったな」と頭を撫でられる。…うーん、なんというか。

 「…なんか少し頑張れる気がするかも」
 「…そうか?」
 「うん、声かけられるとちょっと励みになったし…ありがとう、ネジ」
 「あまり無理はしないように。時間が合えばまた協力しよう」
 「うん」

 夏なんてあっという間に近づいてくる。ストッキングで足を誤魔化せる季節は終わるし、重ね着する服の量も段々減っていく。夏までに理想の自分になれたらいいなぁ、と思いながら私はそっと自分の二の腕をつねった。
 


Fin




最近自分が豚に見えるので「ねんしょう!」というアプリをインストールしてみました。ネジに励まされながら腹筋したいです。そんな願望。


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