Short Dream



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籠の中の鳥は永遠に空へは羽ばたけないもの――…そう私は幼いころから考えていた。

その籠の中で屍に変わっていくものだと考えていた。

だからこれは受け入れるべき問題だと、そう思っていた。

だけど、私も人間だ。受け入れられないことだってある。

嗚呼、人間というやつは、何でこんなに弱いんだろう?

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私には好きな人がいない。
好きな人など、作ってはいけないものだと幼いころから理解していたから。白眼の血を絶やさないために、結婚相手は日向一族の中のだれかだと決められていたから。
それを理解していた私は、結婚相手を紹介されても驚くことはなかった。いつかそういった日が来ることは重々承知していたし、覚悟もできていたのだ。驚く理由なんてない。

だけど、これはないんじゃないの?
理不尽というより、かわいそうだ。これ以上彼を傷つけないでよ。


愛のない結婚。それなのにご丁寧に式をあげられ、理不尽な神様にあるはずもない愛を誓い、私と彼…ネジは新居に移った。

「歩様。オレなんかとの結婚…本当に申し訳」
「ネジ、浮気とか…別にしても構わないから。偽物の愛は要らないし、期待してない。
だって…ネジ、私のこと嫌いでしょう?」
「私のせいで、ヒザシさんは死んじゃったんだものね。
憎いでしょう?愛なんてそこには存在していないでしょう?せっかく宗家になれたのに、憎い人と結婚なんて最悪でしょう?
大丈夫、子供を産んである程度育ったら私は殉職するから」


彼は何も答えてはくれない。仮に何かを答えたとしても、私はそれに返事はしなかっただろう。

用意された布団一枚。明日は布団を買わなきゃなぁなんて考えながら、私は布団の隅っこに潜り込む。
でもネジはいつまでたっても入ってこない。今日一日でも我慢できないのだろうか?
明日は二人とも任務だし、風邪をひかれてはこっちが面倒だ。だから、私はただ、「床で寝られて明日愚痴られても困るから、入ってきていいですよ」とだけを告げる。
しばらくしてから、のそのそとはいってくるぬくもり。彼は小さく、ひどく優しい声でつぶやいた。

「おやすみ、歩様」

返事は、あえて返さなかった。

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それからの生活は、本当に二人は結婚してるのかというくらい、少しさめたものだった。
布団が二枚に増えた変化はあったが、あとは従兄妹のときと変わりはない。

「只今帰りました」「お帰りなさい」
私のぶっきらぼうな物言いは変わらない。
「歩様は任務、いつですか?」
様をつけた呼び方も、変わらない。
何も変わらない。

最後に私たちの関係に変化があったのはいつだっけ?
…ああ、ネジが過去の真実をし知って、とげとげしい態度をやめたときか。
前みたいにあたってくればいいのに、本当は憎いくせにとばかり、いつも私は考えていて…ああもういい、この話はもうやめよう。
それより、ご飯を作らなきゃと、私は椅子から立ち上がる。

刹那、景色がゆがんだ。
世界がおかしくなったかと疑ったけど、違う、私がおかしいのだ。
遠くなる意識、遠い…。
倒れただろうその体の痛みすら、私には感じられなかった。

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体がとても暖かかった。ぽかぽかぽかぽか夢心地、ずっとそこにいたいくらい。
けどおなかすいたな。夕ごはんだって作っていないし、そういえばお風呂もまだ入ってない。
起きて、やることがあるんだから…と、重い瞼を開ける。私を憎んでいるはずの人が、私をじっと見つめていた。

「…起きたか」
「…今、何時」
「夜中の3時だ、それより」

なんだか、今日のネジは私に憎しみをぶつけていた時と同じような口調だった。いや、それにしてはなんだか少し口調が柔らかいような…いや、気のせいか。

「お前、最近疲れていたんだろう?さっき医者を呼んでみてもらった。
倒れたのは貧血だが、ストレスで胃を痛めていると言われた。それはオレのせいか?ならなぜもっと早くにそれを言わなかった。そんなにオレが嫌いなら、言ってくれれば、任務の時間も増やすのに」

違う。
嫌っているのはネジのほうでしょう?
私は、むしろ、本当は。

『わたし、大人になったらお兄ちゃんのお嫁さんになるのー!』
「・・・っ」

幼いころの自分の声、笑顔がよみがえる。
でもそんなの遠い昔の話、まだ純粋だった私が生きていたころの話。
…でも、本当に?本当にそうなのだろうか、本当は望んでいたのでは?
いやだいやだ思い出したくないだってそれを思い出したら、私は壊れてしまう、いやだいやだいやだいやだいやだ、いやだ!!

「愛されない結婚なんて、嫌だよ・・・っ!」

嗚呼、ついに封印は解けてしまった。
涙が、まるで封印していた鍵が液体となって体から出ていくように、ぽろぽろと流れ出していく。
言葉も、それと同様に。決壊したダムから、水が溢れだすように、今までの不満が吐き出されていく。

「日向になんて生まれてこなければよかった。なんで?どうして幸せは平等じゃないの?
私たちが結婚なんておかしい話だわ。私たち結婚したらダメなんだよ。
ネジはせっかく宗家になれたのに、憎い私と一緒に過ごさなくちゃいけない。
私は偽りの愛しかもらえない。私の恋は無駄なまま、悟られないまま終わっていくんだわ」

私は何を言ってるんだろう?
口が止まらない。でも自分では何を言っているのかよくわからない。ああ、なんて矛盾なのかしら、吐き気がする。

「…オレが、そんなにいやか?」

少し悲しそうな声色の声が、ふわりと頭上から降ってきた。
それは違う、別に私がネジを嫌ってるわけじゃない。だから、違うと訴えるように首を振る。
寝たままだから髪が少し引っ張られて痛い。大したことのない痛みなのに、それは涙の量を増量させた。

「ネジが、私を嫌ってるんでしょう?」

嫌だよね、ごめんなさい。なんで宗家になれたのにこんな女とって思っているよね。
だって、ネジは昔から現実主義な人だった。子供の夢であるサンタクロースなんて信じていなかったし、七夕のときなんてお願い事すら書いていなかった。四つ葉のクローバーを見つけて持ってきたときなんて、喜んではくれたけれど、「知っていますか?四つ葉のクローバーができる確率は10万分の1なんですよ」なんて言って、もう一つ探そうとした私の出鼻を挫いたり。
そう、つまりは半分好きで、半分嫌い。いや、7割好きで3割、私はこのいとこが嫌いだった。でも好きだった。だからいつか現れる王子様はネジなんだって、子供のころはずっと思ってた。
こんな夢見がちな私だ。最初から相性なんてあっていない。

しかも私はネジの父親を殺してしまった。
たとえヒザシさんが、自ら死を選んだという事実がそこにあったとしても、根源の部分は何ら変わっちゃいないのだ。
憎まれて当然の存在、相性が合わなくて当然、嫌われて当然、なのに。

「なんで、何でこんなにネジが好きなのよ…っ」

好き、大好き、世界で一番、言葉にならないくらい、こんな些細な言葉では表せられないくらい、ネジが好き。だけど私が一番わかっていたの。私とネジは幸せにはなれないって…だから思いのすべてを封印するしかなかった。
だけどやっぱり駄目だった。

「手に入った瞬間…愛されたいって思った。
汚いよ私、自由に羽ばたいている鳥の羽を掴んでたたき折るようなことをしたのに、それでも足りないなんて、最低よ!」

何の涙なのかわからない涙が、ぽろぽろと溢れたまま止まらない。
どうしようもできない、やり場のない、むしゃくしゃする。この空しいようなもどかしさは泣いても泣いても枯れることはない。

「…ならば、歩」
私の名前に様付けすることなく、ネジが呼んだ。
それに驚いた瞬間にはもう、私はネジという籠の中。

「やり直そう、歩」
「きっと、必ず幸せになれるはずだ」

それは根拠のない言葉。それでも、私の顔は無意識に下に動いて、また上へ。
口が、また勝手に開…くことはなく、私は自らの意志で、笑った。

「うん」

絡まった糸
そんな夢見がちなお前が好きだと正直に言えないオレが一番の発端なんだろうな、たぶん。




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