Short Dream



誰もいない夕暮れの教室で、一人泣きじゃくる女をみつけた。
ふうっと思わず漏らしてしまった溜め息に近い息。

呆れているわけではない。
喜んでいるのだ。
浅ましいことに、彼女がこうして泣いているということに。

「ネジ…?」

気づかれたらしい、彼女が涙声でオレを呼んだ。
溜め息なんて吐いてしまったんだ、気づくのは当然のことかもしれない。
呼ばれたからにはと教室に入ると、引きつった笑みを浮かべる幼なじみ。

「…笑いに、来たの?」
「…いや、物を忘れただけだ」

そう言ってからオレは、わざと予め置いておいた数学の教科書を取り出す。
ちらりと彼女に見せると、「明日課題あるもんね」とぽつり。

「…世の中、数学みたいに簡単に答えが出たらいいのになぁ」
あーあと、彼女は涙を制服の袖で拭いながら呟いた。
本来文系思考の彼女にしては珍しい言葉だ。
いつもオレに、「夢がない」と文句ばかり言っていた癖に。
…というオレのささやかな疑問に構うことはなく、彼女の疑問は続いていく。

「数学とか物理みたいにちょーっと計算しただけで、『あの人が私を好きな確率は50%です』とかって、正確な答えが出たらいいのに。
なんで白黒はっきりした解答が世の中には無いんだろうね。
それがあったら…苦しんだり、泣いたりする前に回避出来るはずなのに」
「…」
「…理系なんて、嫌い」

吐き捨てるように、彼女はそう呟いた。
「…ねぇ、ネジ。笑ってよ。笑ってくれたら、ああ私は人を笑わせるためのピエロになっただけなんだって思えるから」
「…」
「…ば、馬鹿だよね!
ちょっと優しくされたからって…一緒に帰れたからって…先輩は私のこと、好きなんじゃないかーなんて舞い上がって…本当に馬鹿だよね!
先輩と同じ大学に行きたいってだけで、こんな大嫌いな理系に入ったりなんかして…一緒に勉強出来るからって物理まで頑張って…」
「本当に、ばかみたい。
なんで好きになんてなっちゃったんだろう」

「でも、でもね、先輩が大好きなの。大好き…」

馬鹿だ馬鹿だと言いながら、再び溢れ出す涙を隠すように、彼女は顔を伏せた。

──ああ、馬鹿だな。
本当に馬鹿だ、その「先輩」とやらは。
こんなに一途に人を想う女を、無慈悲にもフルなんて。

オレには決して見せない笑顔を、その男は見たのだろう。
何でもない普通の笑顔を見る時と同じ瞳で。
声も、いつもよりトーンが高かったのかもしれない。
オレにしてくる、突っかかってくるような口調でもないのかもしれない。
仕草も少しは違っていたのかもしれない。

それは、オレが一生知ることが出来ない歩なのだろう。

その男よりも歩を大事に出来る自信はあるというのに、優しく出来る自信もあるというのに。
誰よりも愛おしく、感じているというのに。
どれもこれも、歩の心を癒せそうには無いのだ。


ぴくりぴくりと波打ち震える肩に、触ろうとした手を引っ込めて、そのまま強く握りしめる。

きっと彼女はこの行動も、オレの気持ちも、何もかもを知らない。


馬鹿みたいね、と罵った。もっと愚かな人間がいるというのに。
失恋を陰で喜ぶ卑しい男に、直接ぶち当たる勇気は無い。


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