Short Dream



「好きです、付き合ってください!」

道の往来で直角に頭を下げる女がいた。知らない背格好をした障害物を素通りしようとする。偶々隣を並んでいた同期が「ちょっと」と何か言いたげに人を小突く。すれ違う人々がじろじろとオレとその女を交互に見ていた。

「日向ネジさん!好きです!!」

知らない相手に突然告白まがいのことをされる謂れは一つもなかった。自分のことだと思わないのが普通だ。目の前に立ちはだかるようにされなければ。かつ、名指しされなければ。
顔を上げてきた女の目はこれでもかと見開いていた。人を捉えた瞬間、女の頬は朱に染まる。外見はさておき中身はまるであの熱血教師と同期のようだな、と思う自分は珍しくも現実逃避をしていた。

「…悪いが、興味無い」

悪戯に持て囃されることだけはこれまで幾度もあった。みなオレが日向一族かつ、一族始まって以来の天才と知っていたからだ。見たところ一般人のように見えるが、忍者をからかいに使う度胸はそれなりにあるらしい。
狼狽える同期を置いて先を行く。変なところで気を遣いたがる奴だ。大方女にフォローでも入れようとしたのだろうということはこの目で見なくとも分かった。あれ?と背後で聞こえた女の声は、予想に反して冷静だった。

「おかしい、絶対ここからなにか始まるはずだったのに」

何がだ、と声に出さなかった自分もそれなりに冷静だった。



「お久しぶりです!!」

季節がひとつ巡った。三代目が逝去してから数週間後、ようやく里も落ち着いた頃。里の街並みには勝手と同じように人通りが戻っていた。
背後から聞こえた声はどうも喧しかった。偶々同じ道を歩いていたせいで思い出す。一年前もこんな事があったと。
振り返ってしまった先にいる背格好は、同期と担当上忍に比べて落ち着いていた。ありふれた如何にも一般人といった様で、やはり印象には残りそうにない。

「そろそろ付き合う気になりませんか!?私と!!」

自然と眉間に皺が寄る。喧しいのは好きじゃない。同期のことを辛うじて、ほんの少し、僅かだけ、許容しているのはソイツが同期だからだ。知らない女に熱血紛いのことをされても不快以上の何物でもない。
女を無視して通り過ぎる。もうこの道を通るのはやめよう。何があろうと。そう固く決意して道行く人の視線に気付かぬふりをする。
どんな顔をしているのかと何となく、白眼で背後を覗く。女は不気味にも笑顔だった。それがどこか人の神経を逆撫でするようで気味悪かった。



全身が痛い。指先一本動かそうとするたびに体が軋む。高く伸びる木々の葉が揺れている。短い息を吐きながら、見上げる世界はあまりに目映く美しかった。

「……」
「ネジ!」
「ネジ兄さん…!良かった…」

目を開ければ白い天井が広がっていた。痛みがない。硬い地面に寝かされていた感触もなく、シーツに包まれている。一人一殺。勤めを果たしたことまでは覚えていた。あそこで死なずに戻ってきたらしい、と思い出すまでは早かった。
ベッドのそばで安堵する伯父の姿と従妹の方に目を向ける。泣いて縋る従妹の頭をぎこちなく撫でながら、自分が本当に死に体の状態から生還したのだと聞かされた。集中治療室から映された後、目を覚ますまでの間たった数日で何人も見舞いが来ていたことも。…ナルトはサスケを連れ戻せなかったということも。

「ナルトくんが心配だね…」
「あいつなら立ち直りますよ。そういう奴でしょうから」

話を全て聞き終えた頃には起き上がれるようにまではなっていた。繋がれた点滴の線を追いかければ、ベッドサイドに花瓶が置かれていた。見覚えのない薄紫色の花が実のように連なっている。従妹が持ってきたのかと聞けば、違うよと首を振られた。

「タツナミソウって言うんだよ。珍しい花だよね…でも誰が持ってきたんだろう…?」

花に触れたのはその一度きりで、その後退院するまで誰が用意した花かは誰も答えなかったし誰にも聞きはしなかった。



「お久しぶりです」

ナルトが修行の旅に出て二年が過ぎた。中忍、上忍試験の受験で余裕を欠いていたところはある。通りがかってしまった大通りから飛び出してきた女は、あの時よりは勢いがなかった。
見上げてくる女の前で立ち止まる。あの頃よりも女は小さくなっていた。ただ、それ以上の変化は分からなかった。この里の人間らしい格好をしている以上に個性はなかったということと、女をろくに見てこなかったせいだった。

「あれから私と付き合う気にはなりましたか?」
「…前から思っていたんだが」

小首を傾げる女と言葉を交わすのは初めてだった。真面目に話を聞く気はあるらしい。女は「はい」と瞬きを何度も繰り返しながらこちらを見ていた。

「お前は名前も知らない男に突然告白されて付き合いたいと思うか?」
「いいえ、キモいと思います」
「それが答えだ」

タチの悪いことに自分が得体のしれないものである自覚はあったらしい。明言していないものの自分の言葉をそっくりそのまま返された女は表情が変わらなかった。傷ついた表情一つしない笑顔は逆に無機質めいて見える。病んでいるのかもしれない、と長年培った洞察力で悟った。

「でも、それでいいと思います」

女はそのままオレの前を通り過ぎ、建物の奥に引っ込んでいく。その店で働いているらしい。店の奥で誰かが「何やっていたの」と女に声をかけているのが聞こえた。
それ以上深入りすることはなかった。



「私、今更ですが下忍になったんですよぉ」

ナルトが帰郷して数週間。暁との戦闘を終えてつかの間の休息を得た時だった。女は去年は付けていなかった額当てを額に巻いていた。そうか、と返事をしたのはそれ以上無難な返事が出来なかったからだった。

「これで戦争が始まったらネジさんと一緒に戦えますね」
「…道の往来で物騒なことを言うな」
「やだな、忍者でなくともみんな暁のことは存じてますから。案じて言ってるだけですよ」

珍しく好きだの嫌いだのという話をしてこないと思えば重い話を随分と軽々しく語るらしい。相変わらず名前も知らない女は、いつか会った時と同じ表情だった。戦争を知らない軽いノリだった。

「起こったとして、お前のような下忍は戦力にならん。任されたとして精々知り合いの奴らの避難誘導ぐらいだろう」
「そうでしょうねぇ、でも、そうもいかなくなるでしょう。ほら、【名前のある人】を守るためなら何が起こってもおかしくないでしょうし…ああ、でも」

傷一つない額当てを女は指で撫でる。左眉がわずかに下がる。相変わらず能面のような笑顔だったが、何かを憂うように見えなくもなかった。

「…戦争、起きなきゃいいですね」

多分、さすがに命が惜しかったのだろうと思う。



女が憂いた通り、戦争は起きた。従妹が生死の境をまたも彷徨うことになった。ナルトがつね頃尊敬していると語っていた師も亡くなったと聞いている。遠方に任務に出ている間に、里は壊滅状態となった。名前も知らない女が、その戦争でどうなったかは調べようもなかった。躍起になって調べようと思う程、関心もなかった。

女を見つけたのはペインの急襲から何週間も経った後だった。土木作業をしながら恐らく班員だろう、額当てをした男達と語り合っていた。笑っているだけではなく班員の冗談に叱るような素振りを見せている様は、オレに話しかけてくる時よりも健全に見えた。
遠目から何気なく眺めていると、不意に女が視線をこちらに向ける。かと思えばばつの悪そうな顔で下を向いた。見ないでくれと言わんばかりに女は木材を持って建築中の建物の奥に引っ込んでいく。近寄ることも出てくるまで待つようなこともしなかった。名前も知らない相手を呼び止める術がなかった。
前はなかった片腕と頭部に巻かれた包帯だけがやたらどどうして痛々しく見えた。



自分が善人だとは思っていない。ナルトのように誰かを照らすようなヤツにはなれないし、理解し難いものを全て受け入れられるほど強くはない。ただ、そうはなれなくとも守りたかった。オレだけではない、里中のみんながあいつを必要としている。うずまきナルトの命は一つだ。それでも一つを守るためにオレはアイツの近くにいた。

目の前であまりに鮮やかな血を吐き出す女がもたれ掛かる。目を向けて悔しそうに目を細めるナルトと、口元に手を抑えるヒナタ様が広がった視界の端に見えた。敵が何かを言っている。お前のせいだ、守れなかったじゃないかとナルトの決意を責めている。違う、仕方のないことだ。戦争なのだから。そうフォローをする余裕はなかった。

「おい、死ぬな、おい」

凶器の隙間から血が溢れ、流れ出ていく。もたれかかった身体からみるみる体温が失われていく。女は笑っていた。口元から血をどぷりと吐き出しながら、ちがうよ、そんなことないよ、と何かを喋っている。聞かなければいいのに聞いてしまった。

「…やっと、まもれた。あな、たのこと」

切れ切れだった呼吸が止まった感覚がした。肩を揺さぶれば、ずるりと地面に死体となったソイツが頽(くずお)れる。

「…なんだ、それ」

戦争だ。こんなことをしている場合ではない。油断をすれば今度はまた新しい死人が出る。それがナルトであってはならないし、仲間でもごめんだ。頭では分かっていた。膝を付いて死体に呼びかけても何もならない。初めから終わりまで不可解だった女に、それなのにどうしてこんなにも言いたいことが山ほどあるのか。
冷たくなった頬に触れたところで女が目覚めるわけがなかった。何か言葉をかけようとして、やはりどうして呼びかける名前も何も知らなかったことに気づく。名前も知らない女に告白をされて付き合うか。有り得ない。でもそれでいい、なんて。

「…それでいいわけがあるか」


誰も知らない=始まらない





日向ネジの誕生日だからネジに生きて欲しいなと思った結果書いたのがこれってなんなんだって感じなんですがなんなんでしょうねこれ…。
更新止まっている忍者様からずっと思ってるんですが、私はどうやら「日向ネジ夢小説」という概念とネジの死をまだ拗らせているようです。

夢主がネジに名前を伝えなかったのは、「ただ生きて欲しかったから」それだけです。自分とどうにかなろうなんて考えていない。路傍の石だと思って欲しかった。でも認められたかった。NARUTOって互いを認め合う話だと思ってるからさ…作者…。でもこのネジは内心「独りよがりだ」「迷惑だ」と一生思いそう。誕生日祝いって…いうのかなこれ…。

作業用BGMは須田景凪の「ダーリン」と「ラブシック」でした。


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