Short Dream



時は十月末。どこからかやってきた旅芸人の噂によると、外つ国では十月の終わりに「ハロウィン」という仮装イベントがあるらしい。死者のために仮装をしてどうこう、とただのお祭りというよりもっとまともな理由があるそうなのだけど、私の彼氏はそれを聞いて真顔で「要するに異国の盆だろう」と一蹴した。まあ貴方ってそういう男だよね、と笑い飛ばしたのは確か十月の初めだったと思う。むしろそこで一緒になって舞い上がられたら、それはそれで多分引いた。
付き合ってもうすぐ一年になる。年末近くに付き合ったために輪廻祭は会話に一度も上がったことがない。誕生日は確か蕎麦を食べて、甘いものは好かないと言うのでケーキが食卓に上がる事はなかった。バレンタインもチョコを渡したりはしたけれど、記憶が確かならバレンタインと伝えなかったために向こうは私の意図を分かっていなかったような気がしなくもない。そんな男だった。そんな男だと知っていたから、私はハロウィンを楽しげに語る商人の言葉に自分だけで「楽しそう」と愛想笑いをした。

その男、日向ネジは堅物だ。

「そんなことないわよ」と言ったのは彼と同じ班員の女であるテンテンだ。あの時、確かあれは二ヶ月くらい前の真夏日だった。彼女は、団子を頬張りながら淡々と返してきたと思う。あの班の中で、というよりこの里において唯一訳知り顔である彼女は、「あいつ女装が似合うのよ」と今日は空が青いわね、くらいのノリで日向ネジ堅物説を否定した。まあ、それはそうだろう。むしろあの美形で女装が似合わなかったらそれはそれで話がおかしい。ていうか、そんな任務上でしょうがなくやったんだろう話と、プライベートの生来的な性格については何も関係がない。「本当だって」と何度も言われたけれど、私は首を振って否定した。堅物だ。堅物以外の何物でもない。むしろそうでないとあらゆることに説明がつかない。そんな言葉をお茶を飲みながら捲したてると、友人は「可哀想」と眉を下げた。ただ、それ以上の言葉はなかったから、何が可哀想なのかは分からず、話は斜めに逸れて終わった。だから、結局私の中でのその凝り固まった「日向ネジ=堅物」のイメージは今も変わらずに秋半ばになっても染み付いている。

だって、堅物じゃないとおかしい。
何せ付き合って一年近くになるというのに私はその男とセッ…はおろかキスもハグもまともにしていないのだ。手なんて私から繋ぎたいと言わないと繋いでくれないし、せいぜい身を寄せるくらいのことしかしたこともない。というか、出来ない。何せ相手があまりに無反応で、思いきってくっ付いたら頭を撫でてくれるくらいのプラトニックさだ。最初は慣れてないのかな、と思ったけれど、向こうから告白してきた癖に(そもそもそれ自体が意外だった)一向に手を出してこないために私は全てを悟った。そういえば日向ネジっていうのは、そういう人だったな、って。
だってよく小編成での任務でネジとチームを組むという男が待機室で言っていた。年頃の男だと言うのにその男はまったくもって「そういう話」をしないらしい。周りが彼女がどう、童貞がどう、乳か尻かそれとも足か、そんな話に全くもって興味を示さずに趣味の瞑想をしているらしい。小休憩中だろうと仮眠時間だろうと、任務明けだろうとそういう話にはまったくもって何処吹く風。でも「不能」ではないらしい。そうやって突っついたら同僚は無言で点穴を突かれたそうだ。チャクラが流されてなくてよかった、とあの日は青い顔で頷かれた。だから、まあ、不能ではなく本当に、潔癖なんだそうだ。彼は。
でも、正直言って納得が行く話だった。別に純潔を大事にしたいつもりもないけれど、日向一族って確かにそんな感じがするし、特にネジがそんな感じがする。婚前交渉したくないですって感じ。そもそも、子作り目的でそういうことをしたくなさそうな顔だし。性欲に流されるような顔もしていない(いや、どんな顔だって話かもしれないけど)。人前で手を繋いで見せびらかせるように歩くような男でもないし、どっちかっていうと亭主関白っぽい感じがする。それに知り合いの前で恋人とデートしているところなんて見せたくなさそうだし、そもそもデートをしたいという顔もしていない。

(…いや、そもそも、恋人が欲しそうにも見えない)

なんだかだんだんと落ち込んできた。というか、ここまで「分かっている」くせになんで私も未だに彼と付き合っているんだろう。はあ、と重いため息を吐くと隣の後輩が「どうしたのよ」とたゆんと白い胸を揺らして私の顔を覗き込んだ。紫のドレスに黒いコルセットが似合う金髪碧眼の「魔女」が己のプロポーションをこれでもかというくらい存分に発揮している。私は後輩ーー山中いのに「自分の貧相さに落ち込んでるの」と嘘でも本当でもないことを言って誤魔化した。
さて、今日はハロウィンだ。
せっかくだし女子同士ハロウィンしましょうよ!と言い出した後輩たちの誘いからはじまった道楽は、そのうちに六代目の火影の耳に入り、今や公的な行事と成り立ってしまった。子供たちにお菓子を配ってあげて、と大人たちの好意で渡された南瓜の形をしたプラスチックのケースの中には、大量の飴やクッキーが零れそうなほどに詰め込まれている。夕方には仮装をした街の子供たちが、同じく仮装をしているくノ一たちにお菓子を求めて群がりに来るそうだ。当初予定していた気軽なパーティーから任務扱いになってしまったわけだけど、それでも楽しくないといえば嘘になる。ただ、

(ネジが見たらどんな顔をするんだろう。ちょっとは可愛いとか言われるかな。それとも、やっぱりいつもみたいに眉を顰めて引くのかな)

デコルテと足をむき出しにした黒い衣装が肌寒くて、私はぎゅっと腕を抱く。今日は夜遅くまで任務がある、と聞いたのは確か先週の話だった。それでいい。こんな格好、見られてどんな顔をされるか分かったものじゃないし、そもそも女として見られないことはずっと前から知っている。甘いお菓子を引っさげている癖に、私の心の中は真っ黒な毒に満ちていた。


「オレと付き合ってくれないか」

この人もそんな普通の男と同じ言葉を使うんだな、って聞いた時はちょっと頭が追いつかなかった。アカデミーの頃からの同期とはいえ、それでも私から見て男はあまりに孤高だった。天才、と周囲からずっと持て囃され、実際その名前の通り彼は天才らしくあった。彼のいるチームの仲間も、上忍師も常に向上心に満ちていて、戦績の高さは私のチームのそれと比べて圧倒的だった。
決して自分が怠けているつもりはなかった。私も同期も、凡人なりに努力をして高い戦績を出す努力はしていた。実際、悪い評価ではかった。でも私がやっとの思いで中忍になった時には、彼はもう上忍だった。
私にとって、男は理想であり、孤高であり、同じ人ではなかった。
だから、何を思って男がたかが任務内でしか話をしない私を選んだのかなんてその理由は分からない。聞いてみたい、とは思ったし、あわよくば想像通り「好きだ」とストレートには口にしない男からその言葉を欲しいと強請りたくもなった。それでも、聞かずにしまいこんだのは私の弱さだ。だって、もしも「もう好きじゃない」「思っていたのとは違った」と言われたら。ーーなんて、そう思う時点でもう間違っているのだ。そもそも、日向ネジという男は私の想像通りなら、そう思った時点でズルズルと女と付き合うようには見えない。

なんて、全部うそ。

本当は私があなたをそう見たいだけだ。
でももし「本当のあなた」とやらが私の理想通りじゃなかったとしたら?


「お前は!何も分かってない!」

寒空の下、触れ合う布地の下の体温がやけに暑くて息が苦しい。真っ白な肌を赤く染めて私をぎゅうぎゅうと抱きしめている男はここが公衆の面前であるということを完全に忘れてしまっていいる。あのネジが。あのネジさんが。えっあの人日向一族の。あの人達なにやってんの。お祭り気分に浮かれすぎなんじゃないの。サイあれちょっと絵にして後でアイツ脅そうぜ。喧騒の中でざわざわとそんな知人の声が時折耳に入ってくる。ネジ、ネジちょっと、と私はなんとかして男の首を押しのけようとしたけれど、男は何も聞かなかった。駄目だ。任務帰りのせいか頭に血が上っているらしい。

「いったいオレが居ない時に何をしているんだ!何?任務?春野と山中に誘われて?それでどうしてこんな露出をする必要があるんだ。オレは何も聞かされていないし、聞かされていたならこんな格好で人前にも出していない大体お前は前から思っていたがオレが我慢しているっていうのにお前は何も気にせずに家の中でスカートでだらけてお前オレをなんだと思っているんだオレはうっかりお前に手を出さないように少しでも触れるのを我慢してたって言うのにお前はなんでオレ以外の男を誘うような歩、おい歩聞いているのか人の話を聞け大体お前はいつもオレとお前が付き合ってることがバレたら申し訳ないだのなんだの言ってるがなんでどうせ結婚したらバレるも何もなくなるのにお前はいつもすれ違えば愛想笑いをしてオレはいつもそのせいでお前に嫌われているのかといつもいつも」

…前言撤回。おかしい。これは任務帰りとか関係なくもう全部おかしい。だって私の日向ネジがこんなにあけすけに彼氏面をしてくるわけがない。
興奮した早口でまくしたててくる男に私は完全に言葉を失ってしまった。ただ、なんだかその熱気に押されてしまったのと色々と聞き捨てならない言葉があったために公衆の面前なんてもはやどうでもよくなってしまい、私はつい「わたしがすきなの」とぽろっと愛情を問うてしまった。ああ、言っちゃった。あれだけ聞けずに飲み込み続けた言葉が、こんなところでぽろっと出てしまった。クール、現実主義。大人の男。ポーカーフェイスの堅物野郎は、そんな人物像を全てどっかに放り投げて「お前今更何を言っているんだ」と熱く私を睨んだ。ああ、これ多分彼の上司が横にいたら青春に今頃咽び泣かれていたに違いない。

「…ああ、しかしそうか。どうやら全てはオレの怠慢が招いた事態らしい」

なんて人が冷静に恥ずかしがっていたら急に冷静な声が上から降ってきた。やっと我に帰ってくれたらしい。私は少し体温が離れたことに寂しくも思いながらも少しだけほっとする。ただ、安心するのは早かったようで膝裏に急に腕が入った時には思わずひっくり返った蛙のような悲鳴が出た。お姫様抱っこされている!公衆の面前であの日向ネジがお姫様抱っこをしている!!どこかのヒナタやサクラじゃないけど私もいっそ気絶したい。夢だ。夢じゃないとおかしい。じゃなきゃ彼がこんなに私に甘い理由の説明がひとつもつけられない。付けられない、はずなのに。

「オレはお前に分からせてやらないといけないようだ」

急に景色の全部が揺れて、はっと気づいた時には自宅までの道に飛ぶように向かっていた。その中で、今まで一度も聞いたことがない凄絶な色気を孕んだ低い声に肩が震える。分かるまでどうやら離す気はないらしいし、理解してももう逃がしてはくれないらしい。ぎゅうっと抱え込んでくる腕の中で、男の子なのね、と納得する。やっと、はじめて彼を恋人と言えるような気がした。




黒猫の衣装をしているつもりだったので興が乗った日向ネジに着衣のままセッされて「鳴いてみろ」と言われたい人生だった。
なおこの後他の女性陣も旦那たちに「そういえばアイツも(彼女も)今頃こんな感じの格好で里を彷徨いているのでは…?」からのお説教イチャパラに巻き込まれるわけだがその話はきっと他の文字書きがpixivとかに流してくれると信じている。解散!!


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