Short Dream



※完全に勢いで書いている。メタい。



「歩ちゃん、3番テーブルのオーダーおねがいね!」
「はーい」

里の甘味処で働き出して早一年。はじめは色々戸惑うこともあったけれど、学生時代は人気のオムライス屋さんで務めていたこともあってそれほど苦労はない。今や即戦力となった私は今日も振袖をはためかせて店内を駆け回っている。

 「歩ちゃんは本当に働き者ねぇ、本当に歩ちゃんが来てくれてよかった」
 「やだ、おかみさんったら褒めても何も出ませんって。私こそ拾っていただけて本当によかった」

昼のピークを終えて一息ついたところでおかみさんがまた私を褒めてくれる。使ってくれるのはありがたい。褒めてくれるとやる気も上がる。でもそれよりもこうして見ず知らずの素性の怪しい私をこうして拾ってくれたことだ。私はずっとおかみさんに感謝をしている。本当に、…この里の人はお人好しが多いとはずっと昔から知っていたから、ある程度いいこに気丈に振舞っていればなんとかなるという処世術をわかっていてよかった。

そう、私は昔から知っている。

この世界があの世界的ベストセラーを叩きだし、海外に忍者ブームをもたらしたあの有名少年漫画、『NARUTO』の世界だということを…!!

「じゃあ休憩に行ってきます」
「はいよ、いってらっしゃい」

にこにこと手を振る丸い顔のおかみさんに手を振り返し、お弁当を持って外に出る。晴天の空が遠い。今日もきっと星がよく見えることだろう。あの世界と違ってこの世界はスマートフォンもなければネットで娯楽にふけることもできないけれど、それでも悪いことだらけじゃない。遠くを飛んでいく鳥の数を数えながら、私はあの日を思い起こした。



人生で初めて推した漫画がNARUTOだった。小学校中学年の時にアニメから興味を持ち、古本屋でお小遣いをかき集めて読み進めた覚えがある。我愛羅に本気で怯え、サスケとナルトの最終話直前まで続く喧嘩に泣き、シカマルの成長に泣き、サクラちゃんの成長に泣き、イタチ兄さんの真実に…以下略。とにかくNARUTOは私の青春だった。アニメを見ると面白いことにどんな場面だろうとあのBGM(ドンドン、ドドンドン、ハッってなって笛が鳴る例のアレ)が流れると涙が出てくる程度に私はNARUTOに大分調教されていると思う。
その中でも一等推した男が日向ネジだ。
どうして恋に落ちたのか、ここまで好きになってしまったのか。建前としては「22巻で」で誤魔化しているのだけど、まあ正直な話、性癖だ。あの男の生足と鎖骨と長髪と声と過去と性格のあらゆるものが性癖に刺さった。幼い私のフェチズムを刺激したその男はあっという間に私を虜にし、私の人生と性癖を歪めていった。おかげで私は日向一族ごっこに興じ(八卦六十四掌の練習を夜中にしてみたりなんとなく日向一族を気取って浴衣を着てみたり着物に詳しい顔をしてみたり髪を伸ばしてネジの真似をしたりエトセトラエトセトラ)、先人の夢小説を巡回したりと、いつしか完全に日向ネジのオタクになってしまったのだ。

さてそんな鳥が空を飛んでいるだけで推しのことを思い出して情緒を壊してしまう私がどうして都合よくNARUTOの世界に来てしまったのかというと、毎日トリップを願ってたらそうなった、としか言いようがない。トラックに轢かれたわけでも自殺をしたわけでもなくなぜか目が覚めたら道端で死んだように倒れていたところをおかみさんに拾われたものだから驚きだ。最初はあまりに会いたすぎてとうとう明晰夢を見ることに成功したんだと思って覚めるのを待っていたのだけど、この都合のいい夢はなんと一年も続いているし、体には痛みもあるしお腹も空くしトイレにも行く。つまり現実。現実に私は推しと同じ空気を吸っている。その事実を受け止めるまでに七日くらいはかかっただろうか、あまりの歓喜に咽び泣いた後に、私が至った結論は一つだった。

このまま日向ネジの今後を遠くで見守るモブになろう。

まあ、私もそれなりに夢小説を嗜み夢女子としてオタ活をしだしてそれなりに時は経つ。まあこうしてトリップをしたなら通説通り、「日向ネジ寄り日向ネジ落ちトリップ夢」のヒロインとして推しの顔面を拝みにいくべきなんだろう。でもちょっと待ってほしい!本当にそんなことが現実に可能なんだろうか!?私は携帯小説のモテカワスリムの愛されガールでもなければ特殊能力を使える異能力に目覚める兆しもないただの一般人。人並みに一般人に擬態するために努力をしてはいるけれどそれでも好きなものはぶっちゃけスイーツよりも焼肉だ。こんなんであの女子力の高いサクラちゃんやヒナタ様の前に出られるというのか?出られるわけがない。あと100メートル20秒を切る上に握力も20を切る運動音痴じゃおそらくテンテンの「忍具くらいは使えるようになりましょ?」ルートも解放されないことだろう。
そしてなにより、日向ネジは私みたいなモブに「キャー!ネジ兄サン点穴突イテー!!!」なんて擦り寄られたら絶対、絶対…忘れられないほど冷たい目で私を気味悪がって逃げていくに違いない…それはそれで興奮するけどそれっきりになるのはしんどい…。

世の中はそんなに簡単に上手くはいかない。

例外でフォーマンセルの班を組まされ幼なじみの日向ネジと交友を深めてゴールインすることもなければ、ある日鏡が通じあって鏡の魔法でネジと触れ合えないシリアスな恋愛が出来るわけもない。私の高校の日本史の担当教諭が日向ネジだなんて奇跡もなかったし、ヒナタ様とネジヒナしていると見せかけて実はネジが好きだったのは夢主ちゃんだったなんてどんでん返しだってない。ないのだ。なぜなら私は夢主でもないし日向ネジの眼鏡に叶うような女でもない。要するに「面白くない女」なんだ私なんて!「おもしれー女」って言われたい人生だった!!
…まあ、身の丈に合った幸福というものが、世の中にはある。私はたまたま推しの世界にいる夢を見られている。リアルに夢女子をやってしまっている。遠くを歩く推しの黒髪の1本がいつか地面に落ちているのを見つけられるだけでも多分幸せだろう。世の中のオタクに比べたら私は恵まれているのだ。何せ推しと同じ酸素を吸っている。すごい時は推しが道路の向こう側を班員と一緒に歩いている楽しげな横顔だってみれてしまうのだ。あの日向ネジが自然に顔を弛めてリーとかテンテンとかガイ先生と楽しげに会話している「ガイ班推しが稀に見る強めの幻覚」をリアルに見れたのは多分世界でひとり私だけだと思うと…うん、やっぱり幸せだ。生きてもらえているだけでもずっと。


なんて夢小説の主みたいなモノローグを終えて私はお弁当の蓋をしめる。いつの間にか食べていたものがなくなっていて、それでもまだお腹が空いている感じがする私はヒロインとは程遠い。帰ったら今日は晩御飯を鶏肉にしたいなー、いつものお肉屋さん、グラム数安いといいんだけどなんて主婦めいたことを思いながら巾着に弁当箱をしまいこむ。さて休憩に使っているテラス式の休憩所を出ようと立ち上がったその時、


世界が静止した。


「は、え?え??」
「…あ、す、すまない。少し吃驚させてしまった」
「びっくり」

あんたそんな可愛い単語使うのか、いや前にラジオの特典CDで言ってたなという言葉を飲み込んで私は目を丸くする。いや、空いた口が塞がらなくて金魚みたいにならざるを得ない。だって推しが、推しがいるのだ。ニキビひとつもないきめ細やかな肌ででも髭をそっている跡があるリアルの推しの顔面がこっちを見ている。驚きすぎてずっと知りたかった推しの体臭を嗅ぐことも出来ず、というかまともに息が出来ずぴたりと私は時間を止める。いや、いやいやいやいやまって。まっておかしい。どうして。何、どこでフラグがたっていたの?ていうか忍者、忍者すごい。上忍すごい。ここまで気配のひとつもなかった。

「…その、そこの茶屋で、働いているだろう。先月初めて見かけて」
「はあ、」
「悪いがオレは甘味は得意じゃないんだが、班員がまずは自分だけで声をかけてこいと」
「……」
「…その」
「……」
「…名前を、聞いてもいいだろうか」
「…人に、」
「……」
「人に名前を聞く時は、まず自分からって…」

名乗れって言われてた方がまだよかったかもしれない。いや、ていうか私も何をいきなり原作ネタに突っ走ってしまったんだろう。水中を喘ぐような息苦しさに言葉をつまらせながらなんとかそう言葉を紡ぐと、相手は透き通った皮膚の下の血管さえ見えそうなブルベ肌を赤く染めて、どこかで何度も聞いたあのイントネーションで名乗った。

「日向ネジだ」
「…歩、です」
「…そうか。…歩」

安堵したようにほうっと息を吐いた年相応の顔をした少年が、一生涯聞くこともないはずだった想像よりずっと柔らかなイントネーションで私の名前を呼ぶ。首までが熱い。私はもうずっと昔からこの推しの眷属で、恋の虜だと思っていたのに、これ以上私をどこまで落とすというんだろう。

「よろしく、歩」

私は別に特別な人間でもない。きっと話せばどこかでボロが出て、気持ちの悪い所だっていくらでもさらけ出すし甘いものは甘いものを扱ってる店に働いておきながらなんだけどそんなに大して好きじゃない。きっと私は、あなたが好いてくれるほど大した人間じゃないと思うよ。私を好いてくれる理由がまるで分からない。特別なんかじゃひとつもない、あなたを好きだということしか、私を誇れるところはないよ。

いつか、時が経って私はあなたにそう問いかけた。出会ってまともに話が出来る程度に目の前の男の存在の近さに慣れてからだったと思う。私が知っているよりもずっと人間臭さのある少年は、「なにか理由が必要なのか」と、似たもの同士の感想をぶっきらぼうに吐いて私の唇を奪っていった。



END.



 仕事してたら降ってきたので書きました。このサイトもあと四日で建設されてから十一年が経つんですって。それだけやってるとメタいことを言えるだけの思い出もまあできてしかるべきですね。
 ちなみに「ネジヒナと見せかけて実はネジ夢」の元ネタは過去に置いていたシカマル寄りネジ落ちの中編夢です。完結してたんですがサーバーごと消失して心が折れた思い出があります。あの時代から私のサイトに来てくださっている読者は何人いるんでしょうね…?
 続きはまた降って湧くことがあったら書きます。


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