Short Dream



 平成最後の夏、付き合っていた彼氏と別れたと思ったら大学時代からの友人とまさかのお付き合いをすることになった。
 自分でもこの展開にはちょっとついていけない。でも本当のことらしい。夢でも酔っぱらいの戯言というわけでもなく、現にネジからは毎日LINEが来るようになった。私もネジに毎日LINEをするようになった。おはようとかおやすみとか、仕事行ってきますとかただいまとか今日疲れた暑いねとかそんなたわいのない内容だ。正直言って中身がないしつまらないことを送りあっていると思う。でも毎日することが意味のある事なんだと思う。現に送られてきて悪い気はしない。向こうも多分同じように思っているんだろう。「くだらない」と思うことの積み重ねが案外大事だったりするのだ。恋愛ってやつは。たぶん。私にはよくわからないけど。
 そういうのが一週間くらい続いている。一週間もたてばいろいろ心の整理も付いた。お付き合いをする人ができたのだからと前彼から貰ったものなんかを段ボールにしまい込むことだってできた。ネジと付き合うという実感も沸いた。
 
 でも、好きかどうかといわれたらよくわからない。

 だって友人だと思っていた人だ。友達だと思っていた人なのだ。そんな人をいきなり性的に恋愛的に見ろと言われてもよくわからない。どんな視点の変え方をしたらそれができるのかわからない。男女間の友情はあると本気で思っていた。でもそうじゃなかった。ネジにとっては友情ではなかった。私は?私はどうしたらいい?なんて、付き合い始めてもう一週間もたったのにいまだに悩んでいる。仕事はかろうじて出来ているけれど正直心は追いついていない。
 ネジのことが好きか嫌いかといえばもちろん好きだ。無関心というわけでもない。ちゃんと関心があるし好きなほうだと思う。でも男としてみる好きっていうのはよくわからない。ネジと今キスできるかと聞かれたらたぶん私は30分くらい時間をもらいたくなるだろう。私の好きは所詮その程度、友達としての好きなのだ。
 だからなおのこと、やっぱり今のうちに別れたほうがいいのかななんて思ったりして。だってなんかネジに申し訳ないし、傷が浅いうちに友達って道を選択したほうがいいのかなって。思う、のだけど…ちょっとまだ決断するには早いんじゃないかなとも思ったり。大概優柔不断なのだ、私も。
 
 なんてうだうだ迷ってたその矢先。
 ネジからまたLINEが来た。『電話をしてもいいか』と。LINEは確かにしたことはある。だけど電話はそういえばしたことがなかった。したとしてもちょっと待ち合わせに見当たらないから「今どこ?」って数秒くらいやり取りしたくらいで。まともな電話なんてした覚えがない。
 えーなんか緊張するなと思いつつとりあえず「了解」と送信。したら、「八時に」と返事が返ってきた。今は夕方の五時。ちょうど定時の時間だ。「わかった」と返事を返してなんとなく猫のスタンプを送る。なんだかやけに緊張してきた。仕事が終わらなければいいのにと思う半面、早く終わればいいのにとごちゃごちゃな心境になった。



 そして八時。
 ピポパピポパと本当にLINEから電話がかかってきた。一瞬ドキッとしてから私は緑の通話ボタンを押して、「もしもし」とつぶやく。少し声が震えた。やがて「もしもし」と向こうから低い声が返ってくる。「こんばんは」と言うとなぜか笑われた。

 「なんで笑うの」
 『いや、随分かしこまってるなと思ってな』
 「電話ってちょっとかしこまっちゃうんだよ。それにネジと話すの初めてだし。…それで、何か用事とかあった?」
 『いや、特に用とかはなくてな。ただ、…話したかった』
 「何それ恋に落ちる」
 『落ちろ』

 冗談で言ったのに本気で言われてドキッとした。何も言えずにいるとネジの言葉が続く。


 『ゆっくりでいいからな』
 「え?」
 『お前は変なところで真面目な奴だから、すぐオレを好きになれなかったら別れるとか考えているんじゃないかと思っていた』
 「……」
 『図星だったか』
 「…ごめん」
 『謝らなくていい。急なことをしている自覚はある』

 なんだ、気づかれてたのか。吃驚しながら私はまた「ごめん」を繰り返す。すると『歩』とネジが私の名前を呼んだ。いつかそうやって呼ばれることをいとしいと思う日が来るのだろうか、不意にそんなことを私は思った。

 『オレはあまり安易にものは言えないが、ただお互いゆっくりでいいと思っている。普遍的な交際は求めていない。…だから、……』

 すぐ別れるのだけは流石にやめてくれないか、とやがてもごもごと返ってくる。それがネジらしくなくて思わず笑っちゃうとネジが『笑うな』と怒った。たぶん電話越しに睨んでいるだろう。私はそれでも「だってしおらしすぎて」と笑う。さっきまで悩んでいた私とはもうさよならしていた。

 「いいよ、大丈夫。なんかね、大丈夫な気がしてきた。ありがと、電話してきてくれて」
 『…なんだ、藪から棒に』
 「そんな藪からだった?」
 『ありがとうなんてお前らしくない言葉だろう』
 「失礼な」

 今度は私が怒るとネジが電話越しにふっと笑った。なんだかこれからもこういう会話をするんだろうなと私は不意に思った。
 電話は続く。「眠くない?」「眠い」「寝ろよ」「寝ない」なんて会話をするまで。くだらないことかもしれないけれど、私たちにとっては大事なことだった。
 二人の関係は続く。




 End.




 今日はネジの命日ですね。ネジの命日にこんなくだらない話書いてなんか申し訳ないです。でもちょっと続編書いてみたかった。

 Title by 「確かに恋だった」



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