私の大好きな人は、髪が長くてサラサラで、クールなようで実は心が熱い忍者様だ。
−私の憧れの忍者様−
「ねぇ、ネジってお化けとか平気な人?」
そろりそろりと後ろ手にうっかり借りてきてしまったホラーな映画を持って近づくと、新聞を読んでいた彼が顔を上げた。ここに来てもう結構な日が経つけれど、やっぱり一つ一つのしぐさにきゅんと来てしまう。「ん?」とさらりと髪を揺らしてこっちを白い瞳で見つめてくる。もうそれだけで私は駄目なのです。でもそうやって悶え苦しんでいたら話がいつまで経っても始まらないから堪える。堪えて、「平気?」と聞き返した。
「…抑々そういうものに興味はないし、考えたこともない」
「うん、なんか…言われると思った」
「命を扱う任務もあった。…化けて出るだとかそういうことを気にしていては忍として務まらん」
「じゃあ、あの、これとかも…見れる?見れる…?」
すっと前へとDVDを差し出す。英語のタイトルが読めないらしい、ネジは顔をしかめて「…辞書」と私にそれだけを言った。はい、とそばから青いカバーの英和辞典を持ってきて手渡す。一応アルファベットとか、そういう基礎的なことだけは知りたいと言われたので教えている。辞書のめくり方もすぐに覚えた。ぺらぺらとページをめくって、その単語を見つけたネジが納得する。それから、「まあ構わないが」と頷いてくれた。やった、と呟くと「どうせ悠一人では見れないのだろうからな」と小さく笑う。…ああ、また。やっぱり慣れない。ネジが、私が要因で笑ってくれるということが。ぼんやりと見とれてしまっていると彼は首を傾げながら「見ないのか」と尋ねてきたので、慌てて私は「見る!」と即答した。
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「ああああああ!!!やだやだやだやだ!!!ちょっ…待っ…無理無理無理無理!!…ひぃいいい嫌だぁあああ!!!」
がくがくと、これでもかと震えながらソファーの端で悠がクッションに顔を埋めながら絶叫する。正直こっちの声が煩くて字幕で話を追っている。よくもまあそれだけ叫んでおいて「ぬちゃぬちゃ音がするぅううう」と映画の音声を聞き取れているものだ。自分の声でかき消されていたりはしないのだろうか。
「終わった?ねぇ終わった??」と聞いてくる悠に適当に「ああ終わった」と返す。そろりそろりとオレの言葉を信じて顔を上げた悠だが、次の瞬間「ああああああ!!!」とまた絶叫をした。それはそうだろう、確かに生々しいネイルハンマーで白衣の医者がゾンビになった女を杭打ちするシーンは終わったが、まだゾンビがびくびくとのたうち回るシーンは終わっていない。また、女の頭部もフジツボのような吸盤のような海産物に似た何かが張り付いていて非常にグロテスクだ。
「うそつきぃいいい終わってないじゃん、それ終わったって言わないから!うそつきぃいい…」
「…お前、ゾンビの警察官から主人公が逃げ惑う最初のシーンからずっと映像を見ていないだろう。少しは見たらどうだ」
「だって、だってこんなに怖いとか知らなかったし!ちょっとお化けが出るだけだって聞いてたんだけど!ゾンビものなんて知らないし!!」
「そうしていても仕方ないだろう」
「でも、でも…!」
こわい、こわいよぉと呟く悠にため息。ああ、また話が飛んでしまってついていけないところができてしまった。これでは映画を見ている意味がないし、そもそもオレが付き添ってみている意味もない。
見たいんじゃなかったのかと聞くと「見たいんだけど…」という鼻声が聞こえた。その言葉に、はあとまたため息を吐いて、「悠」と名前を呼んで顔を上げさせてから、自分のほうに彼女を引き寄せた。さっきの色気のない絶叫と違う「きゃっ」というそれなりに女子らしい声が小さく響く。
「あの、ネジ…さん?」と出会った当初と同じ呼び方でこわごわとこちらを見てくる彼女に「さっきとどっちが落ち着く」と聞くと小さく、「こっち」と恥ずかしげに呟かれる。ああ、最初からこうするべきだったか。ついでに一度再生を止める。リモコンとは反対の手で悠の背を落ち着かせるように撫でた。
「…落ち着いたか?」
そうしてしばらく背中を撫でているうちに涙が収まったのか悠が無言でこくこくと頷く。「もう一度見れそうか」と尋ねるとすこし首を傾げられたが「もう大丈夫」と笑った。続いて「ネジが近いから」と追撃される。出会った時からそうだが悠はオレのことを過信しすぎではないかと思う。オレがいるから大丈夫、オレがいるから楽しくなったと悠はいつも口にする。悠はオレのことを前から見ていたという。オレをずっと好きだったと、いつか会える日をずっと待っていたと言う。その、遠くで誰かにずっと観察されていた・好かれていたという感覚だけは未だに慣れない。だがこれは事実なのだという。実際、確かに悠は先ほどよりも落ち着いており「うん、今度は頑張る」と一人で意気込んでいる。おかしな奴だ。
「ずっと好きだったんだよ」と悠は言う。好きだから、オレがいると頑張れるのだと言う。「そうか」とその言葉を信じてもう一度最初から再生を始める。まるで試すように、疑うように。それに応えようとしているのか、それとも無自覚で本当に頑張れているのか、悠はオレにしがみつきながらも画面をじっと見つめていた。そういうところに、おそらくオレもなにがなんだかわからないままに惹かれてしまったのだろうか。だが、疑問は抱きはすれど「悪くはない」と思う。
所謂「好き」になった女は、オレとは違う世界に住むごくごく普通の一般人だ。
To Be Continued.
逆トリシリーズものということでまとめさせていただきます。あーあ、ネジさん逆トリしてこないかなと切実に悩む今日この頃。見ていた映画の元ネタは「SIREN」というホラーゲームです。つい最近プレイして恐怖のあまりぶん投げました。
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