悠が勧めてくれた先生、高畑先生が渡す仕事は多少難しいと感じるところもあるがやりがいのある仕事だった。
仕事以上に高畑先生という人は、やっている研究とやらはマイナーなところを狙っているらしいが人徳があり、既知に富んだ方だった。だから、いろいろと話を伺いたくなるし、向こうも別世界からやってきたということを知っているのでオレに文明について聞いて来たりと話がかなり弾んだ。ようするに、先生とは悠が想定していた以上にうまくやっていた。
話は次第に「なぜオレがここに来ることになったのか」という方向にいくことになる。そうなったのは働き出して一週間後のことで、「日向君はなぜここに来たのかわからないんだったかね」と切り出されたのがきっかけだった。オレは「そうですね」と答えつつ文章をパソコンに打ち込む作業を続ける。ローマ字入力というものが厄介だがなんとか話しながら打ち込むことができた。
「分からないですが、いずれは帰るつもりなので理由を探しているところです。ここに来た理由が分かれば帰る方法にもつながるでしょうから」
そう言うと先生は「うむ、もっともだ」と頷く。それから『今昔物語』に関する論書を読みながら先生は「しかしなあ」と天を仰いだ。
「理由に関しては分からんが君崎がなにか隠してるやもしれぬように思う。君のことを初対面で君崎は『ネジ』とはっきり呼んだのだろう?そして君のいる世界のことも君崎は大方理解がある。とすると、君崎は君に知られてはならぬようなことも握っているのではないか?」
確かにそれには心当たりがあった。ある晩、何かの本を持って悠が家を出ていったことを思い出す。オレは寝ている振りをして様子をうかがっていたのだが、あのときはそうするべきではなかったのかもしれない。
確認してみます、と言いながら文字を打ち込む。先生は「そうした方がいい」と頷いた。
その女は初めて目を合わせた瞬間に、黒い瞳をはっきりと見開いてこちらを凝視した。
感動というよりは驚愕めいていて、まるで動かない何かが動いて驚いたような――あり得ないものを見るような顔つきだった。ぼろぼろと大粒の涙を取り落とし、縋ってきたその様は初対面のくせにいやに馴れ馴れしかった。
それが気味悪くはなかった、といえば嘘になる。数日人となりを知った今でさえ、全幅の信頼など抱いてはいない。見ず知らずの収入の低そうな学生に、しかも女の家に世話になること自体があり得ない事態で、こんな状況だって本来自分は許せない。自分は忍びだ。命に代えても守らなければならない世界がある。
彼女が優しいことは、彼女に好意を抱かれていることは十分と分かっている。別段仕組まれたことではないことも。彼女にも、何か守りたい事情があるのだということも。しかしこの白眼の前では、誤魔化せない。
だから帰ってきてすぐに問いただせば、悠は案の定顔を青くした。
「知らなくていいことです」と言う悠は確かにオレのなにかを知っているようだ。「知らなくていいことなどない」とオレは悠の言葉を否定する。どんなことでも知る必要がある。オレは帰らなくてはいけないのだ。ナルトを守る戦争に早く戻らなくてはならない。
悠は逡巡するようなそぶりを見せ、やがて「ネジってそういう人だよね」とぽつりと呟いて笑った。いや、泣いていた。
「あなたは真実を求める人だって、なんとなく知ってた。そういう人だよね…って勝手に思ってるんだけど、きっとそう。あなたは多分、そういう【キャラ】なんだよね」
「あーあ、こんな早くにばれちゃうなら捨てるんじゃなかったよ」
スマートフォンを取り出して悠はなにかを探すような操作をする。やがて、「見て。触れたら次のページに進むから」となにかを見せられた。ナルトとヒナタ様の写真が写っている。ナルトがヒナタ様を抱き抱えて泣いている?何故?……写真には「NARUTO」という文字が入っている。
読めと言われて読んだその内容は見覚えのあるものだった。確かに叫んだ言葉が一言一句たがわず書かれている。何故?これはなんだ?歴史書か?だとしても異様に鮮明だ。
「あなたは、この漫画のキャラクター。この世界で作られた創作物」
やがて一番真新しい記憶のところまで書物は描き始めた。マダラからの怒濤の攻撃に防御が追い付かず、ナルトに攻撃が当たろうとしたあの時。ヒナタ様がナルトを庇った。その時オレは――オレは、二人を庇いに向かったはずだ。そして…それからは?
『医療班!』
『ううん…多分もう…』
『ナルト君…私…少しは変われてたかな…』
オレのいない世界で、死んでいるヒナタ様が描かれていた。悠がそれを見て目を伏せる。どういうことだと詰め寄ると答えは簡単に出た。
「本当に死んだのはヒナタじゃないの。あの時ヒナタを庇う人がいた。その人はこの64巻で…目を開けたまま…でもその人は…」
ごめんなさい、ごめんなさいと悠が謝ることではないのに泣き出す。だがそれに構う余裕はなかった。
帰らねばならない。
どうしたら帰れる、とオレはなにも知らない悠に問いただす。だが悠は首を横に振るだけだった。そうだ。悠も知らないのだ。オレが帰る方法も、ここにきた理由も。
すまない、とようやく謝ることができた。悠はまだ泣いている。隠していてごめんなさいとまた繰り返された。やるせなさに瞑目する。何も言えそうもなかった。
To Be Continued.
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