世界がきみと出会っていなかったら、太陽がこれほど愚かしく笑うことも、ぞんざいな自尊心が霧のように怪しむこともなかったのだと思うと、きみという存在自体が罪なのではないかとすら感じていた。あまいあまい罪は、存在するだけでひとを咎へと駆り立ててしまう。そう、愚かなおれも例外ではなかった。きみの存在が悪いのだ、と唇の先で言い訳を唱えて、今日もおれはきみに触れようと思う。
「だめ」
ところがきみはぴたりと境界線を引いてみせ、チョークを持った手で静かに微笑む。くらくら、くらくら、おれの温度を奪っていく。
「なんで」
「分かってるくせに」
「意地悪」
「どっちが」
目の前に現れた白い線はどうしたって越えることができなくて、だから途方もなく恐ろしいものだった。この白を越えてしまえば、おれの世界は反転するし、かみさまは居なくなるし、おれはきみを掴まえることが出来なくなる。分かりきった命題であるがゆえに、おれは情けなく頭を垂れるしかないのだ。
「わるい、」
「何が?」
「おれ、が、わるかった」
喉が貼り付いておれの邪魔をする。もし仮にもうすぐ世界が失われるのだとして、それが避けようのない事実なのだとしたら、愚かなおれは真っ先にきみを選ぶ。その白い線を掻き消して、きみの輪郭を奪い去ってしまうだろう。
真夜中の欠乏。
不可避の喪失。
「触れさせてくれ」
もう我慢なんて出来ない。
震える手でその膝に触れ、堪らなくなって首筋に噛み付けば、きみはうっとりと笑ってくれるのだ。
「いいこだね、僕の犬」