夕方だった。
金色に光る空がひどく綺麗。風も穏やかで、目を閉じたなら、それは永遠に開かないように感じた。
「ねぇ、帰らないの?」
私は眠っていて動かない親友に声を掛けた。
温かな光が直接、顔を照らすのを、彼女は眩しいと感じないのだろうか。私なら痛くて、すぐに逃げ出すだろう。
そういうところが、彼女と私の違いであり、お互いが親友足り得るところだと私は思っている。
彼女はまだ眠り続ける。
やっぱり、永遠に目が覚めないんじゃないか。
すこしだけ心配になるが、耳をすます必要もないくらい、息づかいはちゃんと聴こえる。
「ねぇ、帰ろう?」
私は彼女の肩を揺すった。彼女の瞼が微かに揺れる。
「ねぇ、置いてっちゃうよ?」
とどめとばかりに、そう言ってみる。本当はそんな気ないくせに。
ただ彼女は違ったようだ。慌てて瞼を押し上げると私の手を、ぎゅっという音が漏れそうなくらいにぎった。
私の口元に笑みがこぼれる。
「やっと起きた」
たぶん彼女は起きていただろうし、別に眠くもなかったんだろう。単なる彼女の気まぐれとわがままだ。ただ、そんなことはどうでもよかった。
「お姉ちゃん、帰ろう」
ふわりとやわらかく彼女は笑う。
私たちは親友である。姉妹でもあり、親であり、幼なじみであり、腐れ縁でもある。主人であって、ペットであって、ぬいぐるみであり、仲間である。
「仕方ないなぁ、妹よ。せっかくだから、手をつないで帰ろう」
そして私と彼女の関係についてもまた、私にはどうでもよかった。
血縁だろうと他人だろうと。3年も前から、ずっとずっと。同じ家で共にしてきたことを考えたら、それは些細なことなのだ。
夕陽が傾く。暗がりが溜まり、空気が冷たくなってゆく。
手をつないだままの影は、長く長くどこまでもつづく。私は笑っていた。小さく小さく、たぶん擦れ違うだけの人では気づけないくらい。
ただ、彼女は気づいているはずだ。その証拠に、やっぱり彼女も小さく笑っている。
沈黙に溢れているのに、どこかやさしい。
私はきっと彼女との約束が消えない限り、この手を離さないだろう。
そしてきっと、手を離す日など訪れない。
手のひらの心地良い温度を感じながら、私は2人の影が永遠にのびていくさまを夢想した。
果てしない二人の秘密
20110208/海月
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