「すきなんだよ、俺」

メローネはそう言っては笑う。なんだテメェ、気色悪いんだよ変質者が。俺は思っても口には出せなかった。ただそう一言だけ言ったあとのメローネは、いつもやたらと大人しくて、しおらしく見えてしまうのがいけないんだ。なんなんだ畜生、ずっこいやつめ!俺は結局いっつもなにも言えずじまいだった。

「すきなんだ」

そうして今日もまたそれか。俺は顔をしかめた。電話ごしの声が聞こえなくなったと思ったら、突然これである。まったくなんて奴だ!今は大事な仕事中だっていうのに!怒鳴り散らしたいがしかしやはりどうもその気になれない。俺はしょうがなく奴の希望に答えてやった。


俺はお前の声が好きだよ。メローネはあくる日、二人で飲み明かしてひどい有様になった部屋で、朝の日差しを受けながら言った。手加減のできない攻撃的な太陽のせいでその顔はよく見えなかったが、何故だか酔っぱらいのざれごとだとか、そういうふざけたものだとは思えなかった。しかしなんでも止まらせることができるホワイト・アルバムをもってしても睡魔には打ち勝てない俺は、そうか、とあともう一言、それだけ言って目の前のテーブルに突っ伏した。

「じゃあな、メローネ」

お望みどおりそう言えば奴は電話ごしに笑った。まったく、緊張感のないものだ。まぁそれは奴が慎重で注意深く、石橋を叩きまくって結局船でわたるくらい、身の保身を第一に貫いた結果であるのだが。
そうして程なくしてかえってきた小さな返事を聞いて、俺は電話を切った。「お前の言うさよならがすきなんだ、俺はさ」。そう言って笑うメローネはいつも、ひどくおだやかで無口なのだ。