「花が咲く夢を見た」イルーゾォはやけに真面目な顔をしてそう言った。しかしその目線はどこか宙に浮いていて、俺を見てはいない。やばい薬にでも手を出したんだろうか。俺はそんなことを考えたが、どうやらこいつは正気らしかった。「お前の左、いや右目か、から、花が咲いたんだ」ずいぶんとメルヘンチックな夢である。俺は半笑いのまま相槌をうった。「真っな花だった。俺はそんなの詳しくねぇからわからねぇが、真っで派手な花だ」言い切るとイルーゾォは、ふぅっとひとつだけ空気を吐いて、そうして気でも滅入ったかのように目頭をほぐした。しかし、俺にはさっぱりである。イコール、何なんだ?小首をかしげる可愛らしいポーズのオマケつきでそう問うが、イルーゾォは口をもごもごとさせるだけで、それ以上の進展は見られない。俺は先程のそれを模倣するようにふうと一息吐いて、目頭に指をそわせた。俺の目じゃあなく、お前の脳みそに花が咲いたんじゃあないか。冬虫花草の進化型寄生植物だなんて、マニアの間でしか流れない、ただのロマンチックな妄言である。いや、そいつらの脳髄には、たしかにそれらが咲いているのか。「…わるいな、任務帰りで疲れてたんだ。ただの夢だ、気にしないでくれ」やっと口を開いたイルーゾォはそう言って立ち上がった。そのとき、反動でぎしりときしむ安いソファーに落ちたそれを、俺は確かに見たのだ。真っな花びらがさあっとかけていったのだ。俺はやっと理解した。嗚呼、奴の頭のその中で、たしかに真っな花は咲いているのだ。それはきっと、美しげな花を模した、真っな残像なのだろう。脳にしつこく根をはって、奴の中のなにか精神みたいなものを蝕んでいく。それはなにか、忘れたい過去とか、そういうものにひどく似ているような気がした。この狂おしい毎日に、散々にきらめく真っな記憶だった。自宅に帰るというイルーゾォを見送る俺の背後で、ベィビィ・フェイスの親機が鳴く。うまれた新しい子供は、俺の右目を蝕む寄生植物の種子に成り得るのか。いや、いつか俺にもそれが当たり前で、しょうがないと諦めてしまう日がくるのだろう。俺の右目に花が咲いたら、お前が世話をしてくれよ。そう言うと、イルーゾォは自分の花で手いっぱいだ、と言って薄く笑った。


い残像


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テーマ「人外ファンタジー」
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