ぐうるぐるまわる夜を越えたらそこは鏡の中だった。俺は瞬きをいち、に、さんかい、辺りを見回した。まっさらなそこは変わらない俺だけの世界だった。なにかこころに引っ掛かるものを感じて、けれどそれがなんなのか全くわからない。どうしたんだっけ。思い出せねえ。それは何故だかどうでもいい、その一言では片付けられないような気がした。がしかし悩んでみても悩んでみてもこたえは出ない。ともなれば頭の中がむずがゆくてしょうがなくなる。なんなんだよ畜生。そろそろ自棄にでもなりそうだと思ったときに背後から声がした。「やっぱり来てたのか」。派手なオレンジの短髪はホルマジオだ。やっぱり?来てた?なんのことだかさっぱりだ。ここは鏡の中なのだから来るもなにもいて当たり前である。てゆうかお前はなんでいるんだ。許可した覚えなんてねえよ。「おいおいお前、気付いてないのか。しょうがねえなあ」。気付いてないって、それはもしかして俺が今躍起になって思い出そうとしていたことを指しているのだろうか。だが教えてくれ、と迫る俺にホルマジオは曖昧に笑うばかりだった。言えよなんだよその笑いは馬鹿にしてんのか気持ちわりい。いつもみたいに、大声あげて笑えよ。何故だか自分がすごく惨めに思えてきて、俺はひどく腹が立った。俺はそんなに大事なことを忘れてしまったのだろうか?ひとりじだんだをふんでいると、ついにみかねてしまったらしいホルマジオが、優しく言った。「もう、終わったんだよ」。錆び付いてかたまった歯車にひとさじの油がさされた。ひどく心がぐるぐると巡って、なにもわからなくなる。途端にひどい痛みが全身を駆けて、俺は思わず膝をついた。咳込んで出たのは二酸化炭素と、真っ赤ないろの鉄だった。そこでやっと俺は思い出したのである。ああ、そうだ、ここは俺の世界であり、鏡の世界であり、そうして、死の世界でもあったのだ。