わたしは朝が弱くて朝ごはんを食べながら見るつけっぱなしのテレビの内容なんていつも頭に入らないのだけれど、今日はわたしの星座の運勢は3位となかなか良かったからなんとなく覚えていたのかもしれない。嬉しい出来事に遭遇、ラッキーカラーは赤。アナウンサーのお姉さんはニコニコ笑いながらそう告げていた。
 赤、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは隣の席の基山くんで、もしかして彼がわたしに何か良いことをもたらしてくれるんじゃないかとうっすら期待をしながら学校に来たけれど、返却された古典のテストの点数は悪かったし、筆箱の中身はぶちまけるし、体育の授業でグラウンドを走っていたらバランスを崩して足首を捻るし、特に何もいいことがないどころかむしろあまり良くないことしか起こらないまま放課後になってこうして教室掃除をしている。別にアナウンサーのお姉さんも基山くんも悪くないのだけれど、3位なんだからもうちょっと楽しい日になっても罰は当たらなかったと思うのに。運勢が良い日だけ占いを信じようだなんて傲慢なことをしようとするから占いは当たらないんだろうなあと、箒の柄を持て余しながら溜め息をついた。

「名字さん、元気ないね」

 スポーツバッグを肩にかけて帰り支度をした基山くんが話しかけてきた。テスト前で部活もないからかこのまま帰宅するみたいだ。隣の席になってよく話すようになってからいくつかわかったことがあって、いつも顔色があまり良くない様子だったから体が弱いんじゃないかと勝手に心配していたけれど実は毎日元気にグラウンドを駆け回っているサッカー少年だったということとか、頭がいいこととか、優しいこととか、でもちょっと天然でたまに不思議なことを言い出すこととか、新しい発見をいくつもした。

「今日の朝テレビで見た星占いが3位だったからいいことありそうだなあって思ったんだけど……何もなかった」
「あはは、占いなんてそんなものだよね」

 基山くんが笑うとさらさらな赤い髪が小さく揺れる。わたしはいつもそれを見るのがなんとなく好きだった。

「あっ、そういえば名字さん、今日の体育の時間怪我してたよね?大丈夫?」
「見てたの!!?」
「俺掃除代わったのに」

 眉を下げて基山くんが心配そうな表情になったのでわたしは慌てて大したことはないと首を横に振った。少し痛むけれど歩けないほどではなかったし、靴下の下に隠れている湿布のおかげで痛みも和らいでいる。基山くん優しいなあ。そんなことより思いっきり転んでいたのを見られていたことのほうが恥ずかしい。

「でもね、ラッキーカラーが赤だったから、もしかしたら基山くんが何かしてくれるのかなあって勝手に期待してたんだ」
「俺が?」
「うん」

 わたしが自分の髪をつまみながら基山くんのそれを示すと、基山くんは同じように自分の髪をつまんで目をきょとんと丸くした。そして理解すると楽しそうに喉をくつくつ震わせて笑い出した。我ながら単純な考えだとは思ったけれどそんなに笑わなくてもいいのに。
 基山くんはなるほどね、と言ってから何かを考えるような仕草をして、思いついたのか一人で満足そうに何やら頷いていた。

「わかった、じゃあ俺が占ってあげる」
「……えっ」
「そうだなあ、えーと。もし何か思わぬ壁にぶつかっても、落ち着いて胸に手を当てて考えてみたらきっと上手くいくよ。下駄箱に行くといいことあるかも」
「ちょ、ちょっと基山くん」

 おいおい突然何を言い出すんだよ、と思ったけれど基山くんが楽しそうなのであんまり突っ込めない。じゃあ、って何がどうじゃあなのかわからないし、明らかに今考えて言ってるだけだからそれは占いとは言わない。言わないし、下駄箱って帰るとき全員が必ず寄る場所だからね。一日も半分以上終わってるからね。適当だよね。基山くんはたまにこうやって意味がわからないときがあるからちょっと困る。
 ラッキーカラーは赤だよ。そう言って笑ってから、基山くんは嬉しそうに教室を出て行った。わたしは曖昧に笑い返して、さっさと掃除を終わらせてしまおうと箒を持ち直した。







「……なんでいるの?」
「やあ、お疲れさま」

 掃除を終えて帰り支度をしてから下駄箱に向かうと、すぐそばの柱に寄りかかって立っている基山くんを見つけた。何してんるだ。

「名字さんを待ってたんだよ。一緒に帰ろう」

 基山くんはにこにこ笑っている。別にいいけど、いいんだけど、そんな回りくどいことしないでさっき教室で誘ってくれたらよかったのに。まあ基山くんが楽しそうだからいいか。本当に基山くんは不思議な人だ。
 一緒に帰ろうと誘ってくれたことは素直に嬉しいので急いで靴を替えて二人で学校を出た。こうして一緒に帰るのは初めてだ。隣の席にはなったけれど一緒に帰るくらいに仲よくなれるとは思っていなかった。基山くんはモテるのに特に彼女を作る気はないみたいだし、うっかり基山くんを好きな女の子に見つかったら後々面倒なことになるかもしれないと今更気づいたけれどもう後の祭りだ。

「基山くんって天然っていうか、なんか不思議だよね」
「不思議?」
「うーん、なんか、今までに出会ったことないタイプ」
「はは。俺宇宙人だからね」
「…………いや、そういうところが」

 ちらっと基山くんの横顔を盗み見ると、何事もなくいつも通りに笑っている。もうすぐ夕陽が見れそうだなあと思いながら空を仰いでいたら、もしかして基山くんはわたしを元気づけようとして一緒に帰ろうと誘ってくれたのではないかと思い始めた。そんなに落ち込んでいたかと聞かれればそうではないけれど、もしそうだとしたら基山くんの優しさにそっと感謝をしておくことにした。

「ねえ名字さん」
「ん?」
「手つないでもいい?」
「…………は、えっ?」

 わたしが聞こえていないと思ったのか基山くんはもう一度、「手、つないでもいい?」と言ってきた。えええええええ。なんでだ。

「え、いやいやいや、なんで」
「なんでって、つなぎたいから」
「だからなんで!!」
「あ、そうか。順番が逆だったね」

 基山くんがいつもどおりのテンションなのでおかしいのはわたしのほうなのかもしれない、という錯覚に陥りそうになる。いや落ち着け、どう考えてもわたしが正常だ大丈夫。肩からずり落ちそうになっていた鞄をかけ直して、わたしは基山くんの次の言葉を待った。

「俺、名字さんが好きなんだ。だから手をつなぎたい」

 一瞬日本語に聞こえなかった。わたしは放心状態で、きっと相当間抜けな顔をしているんだろうけれどそんなことを気にする余裕もなかった。オレ、名字サンガスキナンダ?え、
 理解した瞬間に一気に顔が熱くなって、うえぇっ!?と間抜けな声を出したわたしを見て基山くんは「あはは、顔真っ赤」と笑った。

「あ、返事とかそういうのは今はいいよ。だってほら、落ち着いて胸に手を当てて考えてみてほしいからさ」
「………………」
「ねえ、いい?」

 基山くんが突拍子もないことを言い出すのはいつものことなのに、さすがにこれだけは笑って受け流せない。わたしはただただ熱くなる顔を隠すように口元に手を当てながら、そんなの駄目なんて言えるわけないし嫌じゃないから駄目でもないんだけど、手をつなぐっていうのは恋人同士がやることだと思っていたから別に付き合ってもないのに手をつなぐのっていいのかな?ていうか嫌じゃないってどういうこと?わたし基山くんのこと好きなの?なんなの??いやでもただ雰囲気に流されているだけかもしれないし、基山くんの言うとおりこの件はあとで落ち着いてからよく考えるとして、て、手、手って、そんな男の子と手なんかつないだことなんかないし、うわあもうどうしよう!!と脳内では完全にパニックだった。
 困り果てた末に力なく頷くと、基山くんはあはは、と笑って、それから優しく微笑んだ。途方もなく優しい微笑みだった。ドキドキしてしまって仕方ない。

 基山くんの手は思っていたよりずっと大きくてひんやりしていて、むしろわたしの手が熱いんじゃないかと心配になったけれど基山くんは何も言わなかった。

「俺の占い、当たった?」

 そう聞いてくる基山くんは穏やかな顔で笑っていて、当たるも何も基山くんの思い通りに転がされているだけな気もするのだけれど、否定はできなかった。「……まあ、うん」と曖昧に答えたわたしを見て基山くんは満足そうにしていた。



 基山くんはわたしの家の前まで送ってくれて、今更基山くんの家がもし真逆の方向だったらどうしようと心配になったのだけれど基山くんは同じ方向だからと笑って言った。もし同じ方向じゃなくても基山くんはきっとこう言うんだろうなあと思った。基山くんは本当に優しい。

「ありがとう」
「えっ、いやお礼言うのはわたしのほうだよ!送ってくれてありがとう」
「ううん。名字さんの初めての手つなぐ相手が俺で嬉しかったから」

 男の子と手をつないだことがないなんて言ってもないのに、完全に見透かされている。恥ずかしい。つないでいた手がそっと離れるとなんだかさびしいような気もしたけれど、わたしは慌ててその考えを打ち消した。すっかり陽が傾いたので赤くなった顔が少しは隠れるかなと思ったけれど、そんなことはなかった。
 基山くんは笑いながらそれじゃあ、と言って踵を返そうとしたので思わず呼び止めてしまった。

「き、基山くん!」
「ん?」
「……あ、えっと、また明日」
「……うん。また明日」

 ひらひらと手を振って、基山くんはくるりと背中を向けた。わたしは基山くんの背中が見えなくなるまでなんとなくずっとそこに突っ立っていた。今までのは夢だったんじゃないかと思うほどの出来事でずっとふわふわしたところに立っているような心地だったけれど、さっきまでつないでいた手の感触とか温度がこれは夢じゃないと教えれくれた。この熱が冷めるまで家に入るのはよそう。思い出したように痛み出した足首が少しだけ恨めしかった。

 明日基山くんに会うのをどこか楽しみにしている自分がいて、また少しだけ恥ずかしくなった。







 基山くんは不思議な男の子だった。サッカーが上手で、頭も良くて、優しくて、でもどこか不思議な男の子だった。隣の席になってよく話すようになって、もしかしたら先に基山くんに惹かれていたのはわたしのほうだったのかもしれないなあと思った。基山くんの柔らかい微笑みと、基山くんが笑ったときに小さく揺れる赤い髪を見ているのが好きだった。







 次の日から基山くんは学校に来なかった。担任の先生は転校したと言っていて、突然姿を消した基山くんに学校中が騒然となった。同時期に宇宙人が襲来しただなんて毎日テレビで報道されるようになって、星占いなんてテレビで見ることはなくなった。建物が崩壊していく映像の中にふとあの赤い髪が映り込んだ気がして、もしかして基山くんは本当に宇宙人だったのかもしれないと思った。でも基山くんが宇宙人だったとしても、基山くんに好きだと言われたことより驚くことはなかった。

「基山くん突然転校なんて吃驚だよねー」
「そうだね」
「あーもうあんなイケメンそう現れないよ!残念!」

 項垂れる友達を見てわたしは笑った。本当に基山くんは人気者だ。そんな基山くんに告白されて手までつないだなんて言ったら大騒ぎになるだろうな。想像してちょっと怖くなったので絶対に言わないでおこうと心に決めた。基山くんの優しい表情も手の温もりも、わたしだけが知っていればいい。

「そのうちまた会えるよ」
「えー?なんで?」
「なんでも」

 さびしかったけれど、悲しくはなかった。基山くんのことだからまた突然ひょっこり戻ってきそうな気がするのだ。それに基山くんはまた明日、と言ってくれた。基山くんが言ったとおりに胸に手を当てて落ち着いて考えてみたし、基山くんにしたい返事だって、言いたいことだってたくさんできた。朝の星占いを見なくなったから、その代わりの占いだってしてもらわなきゃいけない。まあ基山くんの占いは適当なんだけど。
 ラッキーカラーは赤だよ、と言って微笑む基山くんが容易に想像できて思わず笑いそうになる。もし基山くんが戻ってきたら、そのときはこう言ってやろう。


「おかえり、宇宙人さん」

 そして基山くんは笑って、また赤い髪を小さく揺らすのだ。



20131230
あさこさんに捧げます。ありがとうございました!
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