クラスメイトの名字が死んでから一週間が経った。どこか暗くぎこちない雰囲気だった教室も、少しずつだけれどだんだんといつも通りの日常に戻っていく。この時間が流れていく様子を見て、俺はまたああ呆気ない、と思った。もっと時間が経てばこうして名字の存在は俺たちの中から薄れていって、名字の死は仕方のなかったことだと片づけられていくんだろう。それこそ仕方のないことだった。人間は忘れていく生き物だし、時間は流れていくものだからだ。俺は名字を気の毒に思いながら、主を失った隣の空席を見やった。時間が切り取られたかのような、そこだけ別の空間に映し出されたように静かな名字の机。中には置きっぱなしの教科書やノート。


 最後に話したのは、事故の当日、昼休みが近づいた4時限目。名字の腹が豪快に鳴って、授業中だというのに空腹を紛らわすためにしりとりをしようと提案してきた。確かに俺も腹は減っていたけど、なんで俺を巻き込むんだよ。
 「うるさいと怒られるから絵しりとりにしよう!」まだ何も言っていないのに、名字は嬉々としてノートを一枚千切り、何やら書き込んで渡してくる。描かれていたのはわざわざペンで色をつけた青とピンクの長方形。…普通リンゴとかリスとかじゃねーの?なんでしりとりの最初でリトマス紙をチョイスするのか、俺には理解できない。
 抵抗するのを諦めて適当に続けていくうちに、名字は結構絵がうまいことがわかった。絵にかける集中力を授業に回したらいいのに。本人が楽しいのならそれでいいけれど。

 あっ、もうすぐ授業終わるね。南雲くんのおかげであっという間だったよ、ありがとう!

 そう言って名字は楽しそうに笑っていた。もう隣からあいつの腹の音や笑い声が聞こえてくることはないんだなと思うと、それは少しさびしい気がする。

「つーか茂人なにやってんだよ」
「次の英語の課題。昨日教科書学校に忘れちゃってさ、今のうちにやってる」
「……やっべ」
「……だと思った。もう終わるけど写す?」

 俺の前で一生懸命ノートに何かを書き込んでいた茂人は俺の問いかけに顔を上げることもなく答えたくせに、最後にはやれやれとでもいうふうにあきれた目で俺を見た。こういうのは自分でやらないと身につかないんだからね、と再三言われているけれど英語はどうも苦手で遠ざけてしまう。俺は時計をちらりと見た。授業が始まるまであと10分あったけれど、慌てて写すのも面倒だった。

「あー……次サボるわ」
「またそうやって……なんでか瞳子さんに怒られるの俺なんだよね。茂人くんどうして止めてくれないのってさ」

 でももうあきらめたよ、と情けない声を出す茂人にわりーな!と笑い返して俺は席を立った。ぼやぼやしていたら教師とすれ違ってしまう。面倒なことになる前にさっさと出てしまおう。

 次の授業の教室に向かう生徒の流れに逆らって図書室まで足を進める。この暑い時期にクーラーが効いていて誰も来ない、サボリには打ってつけの場所だ。たまに司書の先生かふらりとやってくるけれど細かいことをあまり気にしない人で、今ではすっかり顔見知りになった。サボるなと怒られたことは一度もないけれど本を読めと毎回言われる。俺は室内でじっと本を読んでいるより外で思い切り体を動かすほうが好きだし、第一本というものがあんまり好きじゃないから図書室で本を借りたことがない。ヒロトや風介はよく読んでいるけれど。あと緑川もよく読んでる。あれ、全然読まないのって俺だけか。





 図書室の扉を開けるとそこはしんと静まり返っていて、クーラーの作動音だけがかすかに聞こえてくるくらいだった。ほこりっぽいにおいに混じって本のにおいがする。誰もいない、だろうか。いや、
 一番奥の机に突っ伏して寝ている女子がいた。あと数分で授業が始まってしまうのだけれど、果たしてこの女子は休み時間の間ここに寝にきただけなのか、それとも俺と同じでサボりにきたのか。まあチャイムが鳴れば起きるだろ。それにしても、顔も見えないのにやけに見たことがある気がする。同じ学年のやつだろうか。

 チャイムが鳴るまであと3、2、1。
 キンコンカンコン。

 鳴った。起きない。

「…………」

 起こしたほうがいいのだろうか?もし次の授業に出る予定なのに気づかないで寝ているだけだったら困るだろう。

「おい、」
「……………」
「……おい!」
「うわあああすみませんでした!!」

 一度声をかけただけじゃ起きなかったのでもう少し大きい声で呼びかけると、そいつはビクッと大きく肩を揺らして勢い良く起き上がった。俺のほうが吃驚した。なんで謝ってんだ。……つーか、あれ、なんかこの反応どこかで。
 そいつは焦ったように周りをきょろきょろ見回し、ついにはわけがわからなそうにキョトンとしてから、ゆっくりとこちらを振り向いた。……えっ。



「……南雲くん?」
「……………はっ?」


 名字だった。


「……いやいやいや。いやいやいやいや」
「わ、南雲くんだ!おはよう!」
「いやいやこれはねーわ……、ねーわ」
「久しぶりだね!」



 目の前で嬉しそうに笑って俺の名前を呼ぶのは、俺のクラスメイトで隣の席の、この前死んだ名字名前だった。ねーよ。



20131109
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