夏休みが始まっても、俺の生活は大して変わらなかった。部活漬けの毎日だし、今年も猛暑日の記録が更新されたし、蝉はうるさかった。
 最近何かあった特別なことと言えば、みんなでプールに行ったことくらい。夏休みのプールなんて大混雑だし、授業で散々入ったばかりだし、と最初は文句を言っていた風介も、泳ぎ始めれば案の定どちらが速いかを競うと言って勝負をしかけてきた。現金なヤツだ。結局、ヒロトが1位をかっさらっていったんだけど。

「そういえば、風介と仲直りできたんだね」

 そう言ってきたのは、部活の休憩中にドリンクを飲んでいたヒロトだった。楽しそうに笑いながらボトルのキャップを占めている。

「……だから、あれは喧嘩じゃねーし。だから仲直りとかもしてない」
「はいはい。緑川の胃に穴が空く心配がなくなってよかったよ」

 爽やかな笑顔でとことん皮肉を言ってくる。俺はバツが悪くなりながら、同じように少し離れたところで休憩をしている風介に目を向けた。

 あれほど険悪だった雰囲気が嘘のように、風介はあっさりといつもどおりの態度に戻っていた。あれから一度も口を利いていなくてしばらく経ったころ、俺が牛乳を買いにコンビニへ向かおうとすると、部屋からひょっこりと風介が出てきて、「私の分のアイスを買ってこい。ソーダ味だ」。これが第一声。殴ってやろうかと思った。
 まあ、いつまでもあの空気のままいるのは、自分にも周りにも気まずい感じはしたし(特に緑川)、いつもどおりに戻ったのは良かったと言えば良かったのだけれど。

 茂人は相変わらず何も聞いてこなかったけれど、俺は茂人にいろいろなことを感謝しなくちゃいけないと思った。授業はちゃんと真面目に受けて、とばっちりで茂人が瞳子さんに小言を言われないように。でも、それは来月始まる新学期から。



 名字はあれから一度も姿を見せないから、やっぱり本当にもう消えてしまったんだろう。今でもふと名字の姿を探して、グラウンドから図書室の窓や屋上を見上げてみたり、遠回りをして名字の家の近くの道を通ったりしてしまうけれど、名字がいることは決してなかった。そのたびに俺は喪失感に襲われて、答えのない疑問を浮かべてしまう。なあ、お前、なんで死んじゃったんだよ。
 世界って奴は優しくなくて、時間って奴は止まることを知らない。人間は忘れていく生き物だし、名字の死もいずれは忘れられていく。それでも俺は、そんな不条理の中でも仕方ないって思うことはやめにした。だって、生きていることは仕方なくなんてない。あきらめるなんてそれこそ勿体無い。そう思えたのも、名字、あいつのおかげだと思う。

 まあしばらくは、ちょっとくらいこの切ない恋心を引きずったっていいよな。「南雲くん」って俺を呼んで笑う名字を思い浮かべると、思わず泣きそうになるんだ。幽霊に恋をした愚か者の末路。


「晴矢?どうしたの?」
「あー……目に砂入った」

 そんな俺を、何泣いてるのって笑い飛ばしてくれたらいいのに。



 蝉が泣いている。背中に汗が伝う。滲んだ空は青かった。

 夏はまだ、始まったばかりだ。




 ラブレター・フロム・サマー
 20141203
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