夏と羊と神様とわたし | ナノ


 新しく増えたみんなのぴかぴかなドリンクのボトルが嬉しくて、練習が終わったあとはいつもきちんと並べて数を確認する。思わずこぼれる笑みに、「何ニヤけてんだよお前、気持ちわりーな」と呆れた表情を浮かべる半田にも腹は立たない(微笑んでるんだよ!)。相変わらず顧問の冬海先生はやる気がないしグラウンドも使わせてもらえないけれど、しばらくしたらもっと部員が増えて練習試合だってできるかもしれないし、フットボールフロンティアにだって出場できるかもしれない。みんなのモチベーションは上がる一方、……だったはずなのだけれど。
 いつまで経ってもまともな練習ができないことに嫌気が差したのか冬海先生のやる気のなさが伝染したのか、みんなのモチベーションはみるみるだだ下がり、1ヶ月も経たないうちに“放課後はやることがないから部室に集まりはするけれど練習はしない”という状態にまで陥ってしまったのだった。ついこの間まで輝かしい未来に胸を弾ませていたというのにこの体たらく!どうしてこうなったのか。わたしは頭を抱えたくなった。


 そして今日も今日とて、円堂の「みんな練習しようぜ!」という声が部室に虚しく響く。ゲームをしたり漫画を読んだりぼーっとしたり。各々やることは違っても、練習はする気がないという点は共通している。ユニフォームは着てくるくせに練習しないなんて、とわたしは眉をひそめたけれど、着てこなかったら着てこなかったでなんだか腹が立つ。該当者の半田と壁山くんをじとりと睨むも、効果はなし。壁山くんに至っては「名字先輩、これ食べたいんスか?」と持っていたお菓子の袋を差し出してくる始末。そういうことじゃない!(もらうけど!)

 壁山くんに恵んでもらったポテトチップスを飲み込もうとした瞬間に、痺れを切らした円堂が「俺たちはサッカー部なんだ!!」と大声で壁を、というよりフットボールフロンティアのポスターをバアン!と叩いたので、驚いて思わずむせそうになった。今年こそはこれに出場しようと意気込む円堂に、みんなは完全に白けている。

「お前らなあ、サッカーをやりたくて入部したんだろうが!サッカー部がサッカーやんなくてどうするんだよ!」

 円堂は息巻いて部室を出て行ってしまった。こればっかりは円堂が正論だと思うのだけれど、どうだろうか。わたしは彼を追いかけようとして立ち上がる。しかしそのとき、染岡が何やら聞き捨てならない不穏なことを口にしたので、わたしは足を1歩踏み出した状態で留まった。

「頑張ってもしょうがないさ。もうすぐ廃部って噂もあるしな」
「……えっ?」

「……廃部ううううう!!?」

 全員の声が狭い部室に響き渡った。染岡に詰め寄ると、人数不足できちんとした活動もできない部活の部室をこれ以上残しておいても意味がないのでは、という噂が立っているらしい。わたしは今度こそ頭を抱えた。
 せっかく円堂と秋ちゃんと立て直したサッカー部。まだまだこれからというときにそんな仕打ちはひどいんじゃないかとわたしは項垂れる。けれど今のみんなの反応を見る限り、みんなはサッカー部が廃部になることを望んではいないように思えた。そもそも本当にやる気がないんだったらとっくに退部でもなんでもして部室にだって来ないだろうし、ユニフォームだって着てこないはずだ。

 とにかく円堂と秋ちゃんに知らせなきゃいけない。部室を飛び出せば円堂の姿はもうなかったけれど、今日も河川敷へ行くと言っていたから急げば追いつけるだろうし、先に行って準備をしてくれている秋ちゃんと早く合流しないと。

 走ってもわたしの足では間に合わないので自転車に乗ろうとジャージのポケットを探る。そこでわたしははて、と首を傾げた。探っても探っても、ポケットをひっくり返してみても、目的の鍵がどこにも見当たらないのだった。まさか、と思ったが、まさかも何もない。落としたのだろう。
 こんなところで出鼻を挫かれるとは思ってもいなかったのでわたしは焦る。しかし後ろのほうから「名字!自転車の鍵部室に落としてんぞ!」という染岡の声が聞こえたので、わたしが困ったとき染岡はいつも助けてくれるなーとありがたく思いながら振り向いた。瞬間に、バシッと頭を叩かれた。吃驚するほど遠慮のないそれに思わず呻き声を上げる。いっっってえ!!「ほら、早く行ってこいよ」でも、なんだかんだ世話を焼いてくれる染岡は好きだ。
 染岡にお礼を言ってから、気を取り直してわたしは自転車に乗って河川敷へと向かった。


 


 円堂はよく河川敷で稲妻KFCの子どもたちと一緒にサッカーをしている。「あいつらなかなかやるんだぜ!」という円堂の言葉通りみんなとても上手で、特に女の子でありながらキャプテンを務めているまこちゃんはとても強い。前に相手をしてもらったとき、わたしのあまりのヘタクソぶりに苦笑いをされたのは記憶に新しい(小学生に気を遣わせてしまった)。
 自転車をかっ飛ばしているうちにだんだんと辺りがオレンジ色に染まり始めてきた。河川敷が見えてくるころになるといつも賑やかで楽しそうな声が聞こえてくるのに、今日は何やらとても静かだ。もう終わったのだろうか?土手の上に自転車を停める。そこで見えた光景にわたしは思わずえっと声を漏らした。

「円堂!?」

 いかにも柄の悪そうな出で立ちの2人組の前で、円堂が腹を押さえてしゃがみこんでいた。そのうちの安井と呼ばれた1人の男が、跨って座っていたサッカーボールに唾を吐く。信じられない、一体誰が毎日きれいに拭いていると思っているのか!しかも円堂の様子を見る限り、まさか蹴りでもくらったんじゃないだろうか。
 そう思うといてもたってもいられなくなって、このまま自転車ごとあの2人に突っ込んでやろうと急いでハンドルに手をかける。入学式のときの惨事が思い出されるけれど、今回は作戦のうちだと声を大にして主張したい。

「待て」
「えっ?」

 急に制止の声がかかり、ハンドルを握っていた手が思わず緩む。隣にいつの間にやら1人の少年が立っていて、全く気がつかなかったわたしは驚いてわ、と小さな声を上げた。ツンツンに逆立てた髪。少しつり目気味の瞳は、じっと円堂たちの方を睨みつけている。
 そのまま少年が何も言わないので、もしかしてさっきの制止の声は幻聴だったのかもしれないという気になってきた。気を取り直してよし、とハンドルを握り直しペダルに足をかけようとすると、今度はもっとしっかりした声色で「待て」と止められた。気のせいではなかった。

「……」
「……」
「……」
「……」

 しかも何もしゃべらない。強い瞳は河川敷に向けられたまま。

「円堂のお知り合い……?です?」
「……」
「あの、ここで一発ドカーンとわたしが自転車で突っ込んでいけばあの人たちやっつけられるんじゃないかなーって思うんだけど、どうかな?」
「……」
「無視か」

 アウトオブ眼中。困ったなあとわたしは唸りながら腕を組んだ。一体誰なんだろう。

 いつまで経っても何の反応も示さない少年に悶々としていたそのとき、不意に安井がボールを強く蹴り上げた。円堂を狙ったのだろうけれどボールは全く違う方向に跳ね上がり、事の成り行きを心配そうに見守っていたまこちゃんへと向かっていく。自分の事を棚にあげて、わたしは思わずヘタクソ!と心の中で悪態を吐いた。

 危ない!と声を上げかけたそのとき、隣にいた少年がものすごいスピードで駆け出していくのを、わたしは横目でしっかり捉えていた。


20121009
20140608 加筆修正
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