夏と羊と神様とわたし | ナノ


 先生からサッカー部の部室は今は物置状態になっているということを聞いて、わたしたちは翌日の放課後に早速部室の掃除をすることになった。真新しいジャージに腕を通して各々掃除用具を持ち、準備は万端。昨日わたしたちのクラスの担任だと判明し、その上サッカー部の顧問だということも判明した冬海先生に鍵を開けてもらう。見るからに元気がなくて、熱血という言葉と対極にいるような雰囲気を持っている。何やら不満げにブツブツつぶやいているけれどよく聞こえない。どうやらサッカー部の復活に賛成はしていないようだった。
 終わったら職員室に鍵を戻すように言われたので、誰が鍵を預かるか3人で相談する間もなく自然な流れで秋ちゃんに任せることになった。一番しっかりしているし、2人ともすぐ失くしちゃいそうだもんね、と笑顔で言われてしまったためだ。わたしと円堂は顔を見合わせて苦笑いをした。


 サッカー部部室のドアを開けるとそこはまさに無法地帯だった。どうしてこんなに部屋が暗いんだろうと思ったのは窓が積まれた段ボールや荷物に埋め尽くされて陽射しが入ってこないせいだし、ドアを開けた瞬間に思わず咳き込んだのは部屋中が埃まみれなせいだ。蜘蛛の巣もあちこちに張り巡らされている。これはひどい。途方に暮れかけたけれど、ここまで汚いと返ってやる気が出るというものだ。そう自分たちを鼓舞して、わたしたちは気合を入れて掃除を始めた。

 まずは部屋の中の段ボールやカラーコーン、体育祭で使用したと思われる応援団幕や体育倉庫に入れるべきマット、はたまた全く関係のなさそうなボーリングのピンや招き猫まで、ありとあらゆる荷物を外に運び出す。途中でサッカーボールが入ったカゴも見つかった。きれいに拭けば何の問題もなく使えそうだ。
 何年ぶりに開けたのかもわからない窓を開けて陽射しのまぶしさに目を細め、まず箒や叩きで大体のゴミや埃を一掃し雑巾がけをする。何回戦かに分けて行った雑巾がけ競争では見事にわたしが優勝した(!)。時折お互いの小学校のころの話をしたり、2人が何も知らないわたしにサッカーの話をしてくれたりした。壁や窓、ロッカーも念入りに拭いて部屋を乾かす間に、外に出した荷物たちを処分したり、あるべきはずのところに戻しに行ったりして学校中を駆け回る。明日は筋肉痛になりそうだと、思いマットを引きずりながら明日の自分に思いを馳せた。


 3時間ほど掃除に費やした結果、あんなに汚かった部室は見違えるほど片づいた。途中で円堂が見つけたサッカー部の看板を表にかければ完璧。嬉しそうな円堂と秋ちゃんの笑顔、きっとわたしもおんなじ顔をしている。

「サッカー部、始動!」

 達成感と期待に溢れたかけ声。3人で交わしたハイタッチは、円堂の力がやたらと強くて正直痛かったけれど、とても良い音がした。


 


 予想通り翌日にはひどい筋肉痛がわたしを襲った。普段使わない筋肉をふんだんに使ったせいなのだけれど、己の運動不足を呪う。春休みの間にだらけた生活を送っていたツケが回ってきたんだろう。
 プレイヤーが円堂1人しかいないのではまともな練習ができないので、秋ちゃんのアイディアにより、学校中に部員募集を謳うポスターを貼る作戦を実行した。悲鳴を上げる腕を叱咤して貼ったポスターが少し曲がってしまったのはご愛嬌。

 わたしの筋肉痛もだいぶ和らいできた数日後、円堂が部室にあるポスターを1枚持ってきた。

「フットボールフロンティア?」

 ポスターにはそう書かれている。円堂いわく、中学サッカーのナンバーワンを決める大会だそうだ。高校サッカーがあるのは知っていたけれど、中学サッカーにもそんなに大きな大会があるなんて知らなかった。
 いつか絶対にこの大会に出場すると目を輝かせる円堂を横目に、秋ちゃんは少し心配そうな面持ち。それもそのはず、入学式から1週間が経ったけれど、未だに入部希望者はゼロだ。一から作り直したサッカー部と聞けば、やっぱり入部をためらう人が多いのだろうか?困ったものだ。
 3人で頭を悩ませていると不意に部室のドアがノックされる。入部希望だと言って、見覚えのある顔が2人入ってきた。

「半田?と、……あっトイレの人!」

 思わず声を上げると「どっちかっつーとお前がトイレの人だろうが!」と怒られてしまった。そう、この前わたしにトイレの場所を教えてくれた心優しき強面ピンクの人だ。2人が入部希望と聞いてテンションが上がりっぱなしの円堂と秋ちゃん。わたしは予想だにしていなかった再会に心を躍らせた。
 この前は本当にありがとうございました、と頭を下げると、彼は複雑そうな表情を浮かべた。もうトイレの人だなんて呼ばないからそんなに睨まないでほしい。警戒を解こうと泣きぼくろ、セクシーですね!と言おうとしたけれど、多分やめておいたほうがいいと思ってやめた。

 2人に椅子に座ってもらって少し話を聞くことにした。ピンクの人は染岡というらしい。円堂は感激で目に涙を浮かべながら、これでゴールキーパーの練習ができると嬉しそうに笑った。1週間経って知った新しい情報だった。
 染岡はフォワード、半田はディフェンダーとミットフィルダーの両方が可能だと聞いて、わたしが秋ちゃんにそれぞれのポジションの役割を説明してもらっている間に、円堂は元気よく拳を突き上げていた。

「よーし、じゃあ練習しようぜ!」


 


 その後半田と染岡以外に入部希望者は訪れず、1年生のうちは3人だけで練習をする日々が続いた。人数が少ないためにできる練習は限られるし、練習場所を巡って(主に染岡が)他の部活と揉めたりしたこともあったけれど、そんな毎日がわたしはとても楽しかった。みんなが楽しそうにサッカーをするのを見るのが好きで、わたし自身もどんどんサッカーが好きになっていくのがわかった。たまにわたしと秋ちゃんも練習に混ぜてもらったりしたのだけれど、「お前下手すぎて話になんねーわ」と半田に爆笑されたのは記憶に新しい。秋ちゃんは小さいころにやっていたと言うだけあってとても上手で、あの染岡が褒めていたほどだ。
 部活帰りには5人でラーメンを食べに行ったり、必要な用具の買い出しに行ったり(と言っても規定の人数を満たしていない部活に部費は出ないので、それぞれのお小遣いから捻出した貴重なものたちだ)、部活の時間以外でも時間を共有することが増えた。


 2年生になると、1年生の壁山くん、栗松くん、少林くん、宍戸くんが新たな仲間に加わることになって、わたしたちは肩を抱き合って喜んだ。円堂がまた泣きそうになっていたので、わたしは笑った。これが第二の雷門サッカー部の始まり。とは言っても、壁山くんたちの入部を合わせてもまだ7人しかいないから試合はできない。けれど3人のときと比べれば、できる練習の幅がずいぶん広がった。
 未来は明るいな、と笑わずにはいられないくらい。わたしはスタートの時期にふさわしい2度目の4月の陽気に心を躍らせた。暖かい日差しは、とてもまぶしい。


20120929
20140608 加筆修正
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