夏と羊と神様とわたし | ナノ


 わたしは腹が立っていた。
 御影専農中は先制点を決めたあと、時間を稼ぐためにひたすら無意味なパス回しを続けた。攻撃は全く仕掛けてこず、結局前半が終了するまでそれは続いた。とても煮え切らないし、見ていてなんだかモヤモヤする試合だった。このモヤモヤを一体どこにぶつけたら良いのかわからず、わたしはただ眉をひそめている。

「なんかさせこいっていうか、こう、もっと堂々と勝負しろっていうか」
「……」
「鬼道もそう思わない?思うよね?せっかく強い相手なんだから、もっと全力でぶつかってきてほしいよね!?」
「……」
「あ、ほら円堂も怒ってる。うわ染岡の顔ヤバイ」
「…何故お前がここにいる?」

 ずっとだんまりを決め込んでいた鬼道がようやく顔を上げた。何故って、それはこちらの台詞でもある。また試合の偵察なのだろうけれど、それにしてはあの帝国様が雷門相手にずいぶんと熱心だなと思う。今日は佐久間は一緒ではないらしい。
 前半が終了してみんなにタオルやドリンクを配ったあと、わたしはふらっと鬼道のもとに寄ってみた。話しかけても終始無言だったので、これはヤバイ、ゴーグルマントくんと呼んでしまったことをかなり根にもたれているのかもしれない、と思っていた。だからようやく反応を示してくれて、少しほっとする。

「…点を決めて残りは逃げ切るという作戦は、プロの公式戦にだって普通に用いられていることだ。迂闊に攻撃を仕掛けて失敗したところを畳み掛けられるリスクを避けるためには、安全な策とも言える」
「で、でもまだ時間は半分もあるじゃん。それにあっちは雷門を完全に分析してるって余裕な感じだったし、もう少し何かあってもよくない?」
「逃げられないように試合を動かす実力がないだけなんじゃないか?」
「う、うぐ…鬼道さん手厳しいっス……」

 わたしは項垂れる。決して、そんなことはないと思うのだ。ただ、防御にのみ集中して完全な守りの体制に入られたら、それを崩すのはかなり厄介だと思う。つまり鬼道は、それを崩す力がないと言っているのだけれど……。
 後半が始まってもなお、御影専農中は延々とパス回しを続けている。わたしはやり切れない気持ちでそれを見つめた。

「円堂みたいなこと言うけど、ああいうサッカーをして、御影専農中の人たちは楽しいのかな?」

 本当に、円堂みたいなことを言っている。ちょっと笑いそうになってしまった。円堂と一緒にいるうちに、わたしも思考がサッカー馬鹿色に染まりつつあるみたい。それは少し嬉しいことのようにも思えてくるから不思議だ。
 鬼道はわたしの言葉を受けて、何かを考え込んでいるふうに見えた。と言っても、ゴーグルのせいで鬼道がどんな表情をしているのかは読み取れないから、ただの憶測だ。

「……洗脳だ」
「えっ?」

 鬼道がぽつりと、声を落とす。

「御影専農中の生徒は、日頃からデータに基づくサッカーをするように訓練されている。選手たちが装着しているゴーグルがあるだろう?監督の操作するコンピュータから、あのゴーグルを通して作戦やデータを送信していると共に、選手たちを洗脳できるよう微弱な電波を流している。それが、御影専農中の選手がサッカーサイボーグと呼ばれている所以だ」

 わたしは驚きに目を見開いていた。
 鬼道の今言ったことが本当なら、それはあんまりではないだろうか。鬼道の眉間にはしわが寄っている。おそらく鬼道も、これを良しとしていないんだろう。
 いつも楽しそうにサッカーをしている円堂を、そしてみんなを見ているからか、余計に思ってしまう。多分それはきっと、とても寂しいことだ。

 そのときだった。
 急にグラウンドがわっと騒がしくなり、わたしは急いで視線を試合に戻す。そして驚いた。ゴールキーパーである円堂が、ゴール前を飛び出して前線へと駆け上がっていたのだ。
 驚きからか誰も円堂を止められず、完全に彼の独走状態。次々と相手を抜いていき、気がつけばもうゴール前。円堂がシュートを打つ。

「なぜお前が攻撃をしてくる!?」

 杉森は驚きながらも、しっかりと円堂のシュートを受け止めた。

「点を取るために決まってるだろ!それがサッカーだ!」

 そう言って笑う円堂の顔は、とても楽しそうだった。サッカーが大好きだと言っているその表情に、さっきまでのモヤモヤがすべて吹っ飛んで、思わずこちらの口元が緩んでしまう。なんて、円堂らしいんだろう。

 その後、円堂に触発されたように、御影専農中は積極的に動き出すようになった。壁山くんのブロックや松野のターンが次々に決まっていく。わたしは興奮して、身を乗り出すようにして試合を見ていた。
 途中、下鶴にボールを奪われてパトリオットシュートという必殺技を打たれたけれど、円堂はなんとか弾き返した。もうコピーの技は使わない。この前の涼しい顔が嘘のように、下鶴は真剣な目をしている。
 先ほどまでまるでプログラムされた機械のように動いていた御影専農中の連携が崩れてきていた。選手たちの顔には動揺が浮かんでいる。その表情はとても人間らしい。

 すると、不意に円堂がフォワードの豪炎寺を雷門ゴールまで下げさせて、自身もペナルティエリアから飛び出した。予測のつかない行動にわたしはどきどきしながら拳を握る。

 少し離れたところから、下鶴がシュートを打った。それは力強くゴールへと向かっていく。
 すると円堂と豪炎寺が、2人の間に向かってくるボールを2人同時に蹴り出した。 まるで打ち合わせをしたかのように、いや、2人で練習を積み重ねてきたかのような動きだった。

 2人の力が合わさって蹴られたボールは、まるで激しい電撃のようだった。激しく轟きながら、そのシュートは杉森ごと吹っ飛ばしてゴールに突き刺さる。
 雷門が1点を取り返した。

「えっ何あの技!わたし聞いてないよ!?あれ何!?」
「俺が知るわけないだろう」
「うわーっかっこいい」

 騒ぐわたしに冷めた態度をとるわりには、鬼道の目は真剣にフィールドを見つめている。以前帝国と試合をしたときは帝国の狙いは完全に豪炎寺のみだったけれど、それが少しずつ雷門のチーム全体に移り変わっているのかもしれない。そうだったらいいと思う。

 今のシュートを皮切りに雷門は勢いにのって、初めは止められてしまったドラゴントルネードもしっかりと決め直し、1点差で雷門が有利に回る。残り時間はあとわずかになった。
 すると、不意に杉森の様子が変わった。逆転されてあきらめかけているチームメイトたちに向かって、力強く喝を入れていた。俺は負けたくない。最後まで戦うんだ。
 杉森の言葉を受けて、御影専農中の選手たちはその場にゴーグルを投げ捨てた。それは彼らが洗脳から解き放たれた、何よりの証拠だった。

「最後の1秒まで諦めるな!」

 杉森が円堂みたいなことを言う。杉森もかあ、とわたしは苦笑しながら、白熱している試合を見つめた。もちろん雷門には勝ってほしいけれど、わたしの中には御影専農中も応援したい気持ちが生まれていた。雷門のマネージャー失格だろうか、と思ったけれど、みんなは許してくれそうな気もした。

 豪炎寺がファイアトルネードを打つために高く飛び上がる。すると、それを阻止しようと同じように飛び上がった下鶴の足が、ボールを蹴りだそうとした豪炎寺の足と激しく衝突した。
 バランスを崩した2人は、そのまま地面に叩きつけられるように落下する。思わず息をのんだ。2人は痛みに顔を歪めてはいたけれど、試合を続けようと必死に立ち上がろうとしている。

 下鶴の捨て身のディフェンスで手に入れたボールが杉森に託された。杉森は雷門ゴール目掛けて走り出す。残り時間はもう、ほとんど残されていない。

 杉森が声を荒らげる。ボールが蹴りだされる。円堂が、右手を力強く前に突き出す。

 そして、輝くゴットハンド。
 ボールはきれいに円堂の手の中に収まっていた。

 試合終了のホイッスルが鳴り渡った。
 フィールド内は感動と興奮の歓声で満ち溢れている。どちらのチームも、選手たちはみんな満足した表情を浮かべていた。
 円堂と杉森が熱い握手を交わしているのを感動しながら見つめていると、隣にいた鬼道がぼそりと小さな声でつぶやく。

「馬鹿だ。やっぱり奴は大馬鹿だ」

 振り返ると、鬼道は不敵に笑っていた。それが嘲笑の意味なのか、それとも呆れの意味なのかはわからなかったけれど、不思議と悪い感じはしない。

「それ褒め言葉として受け取っていいの?」

 わたしの言葉にふっとひとつ笑って、鬼道はくるりと背中を向けた。もし鬼道が今マントをつけていたなら、きっと今ひらりとその裾が翻ったことだろう。

「鬼道帰るの?」
「お前も早く戻ったほうがいいんじゃないのか」
「うわ、そうだ春奈ちゃんに記録押し付けたままだった!怒られる!」

 わたしが慌てふためいて立ち上がると、鬼道は心底呆れた顔でわたしを見ている。ゴーグルをつけていたって、案外表情なんか読めるものだということに気がついた。

 鬼道に別れを告げてわたしは一目散にベンチを目指し、潔く開口一番にごめんなさいを告げようと決意を固めた。そうして戻ったベンチではまだまだ勝利の興奮冷めやらぬ状態で、わたしが春奈ちゃんと秋ちゃんに向かって「ご、」と口を開いた途端に「名字先輩!やりましたね、大勝利です!」と、興奮した春奈ちゃんに遮られた。わたしが記録を押し付けたことなんて忘却の彼方に追いやってしまったようだ。どうしたものかと、とりあえず流されるままに、勝利の喜びを分かち合う。
 そして忘れたころに怒られることになった。


 


「ドクターストップ!?」

 御影専農中との試合に勝った翌日、豪炎寺が松葉杖をついて部室に現れた。右足には包帯が分厚く巻かれていて、ほとんどギブスをはめているみたいに固定されている。
 やっぱり、あのときの怪我がひどかったんだ。わたしは思い出して顔をしかめた。試合の終盤、空中で激突した豪炎寺と下鶴。秋ちゃんが応急処置をしている横で、豪炎寺は大丈夫だと何でもないことのように言っていたけれど、全然大丈夫なんかじゃなかったしむしろ想像していたよりもひどかった。きっと、下鶴も無事では済んでいない。

「すまん……次の準決勝には間に合わない」

 絶望的な宣告を受ける。それに比例して、みんなも目に見えて絶望していた。
 わたしは、包帯が巻かれた豪炎寺の痛々しい足を見ながら考えた。豪炎寺がいなかったらファイアトルネードどころか、ドラゴントルネードもイナズマ落としも、昨日の試合で見せた円堂との新しい必殺技もできないということだ。

 そこであるひとつの結論にたどり着く。豪炎寺のいないフォワードの穴を埋めるのは、同じく(一応)フォワードである目金ではないのか――そこまで考えたところで、わたしは静かにかぶりを振る。

 絶体絶命。その4文字が、頭の中でチカチカと点滅していた。


20130704
20141113 加筆修正
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