夏と羊と神様とわたし | ナノ


 御影専農中の2人との決闘に敗れた翌日の放課後のこと。こちら側を完全に分析している相手と一体どうやって戦えばいいのか頭を悩ませていたわたしたちは、夏未ちゃんに人気のない校舎のはずれに呼び出されていた。
 今日はとても良い天気だったはずなのに、生い茂る木々のせいで辺りは薄暗い。カラスの鳴き声と派手に羽ばたく音が不気味に響く。そして目の前には、固く閉ざされた怪しげな扉。
 正直なところ、得体の知れない不気味な場所にチキンなわたしは完全にビビっていて、さっきから春奈ちゃんのジャージの裾を引っ張らないようにしつつもなるべく離すまいとつかんでいる。そんなわたしに春奈ちゃんは嫌な顔ひとつせず、「ちょっと怖いですね」と笑ってくれる。いい子だ。夏未ちゃんはまだ来ていない。

「ここは雷門中学七不思議のひとつ、開かずの扉……!」
「はあ?」
「昔ここで生徒が忽然と姿を消してしまった。それ以来、ここに入った者は二度と戻って来ないという……」

 目金が眼鏡を押し上げながら、緊張した面持ちで不気味な話をし始めた。喉がごくりと鳴る音がどこからともなく聞こえる。今のはわたしの音だっただろうか。
 扉の一番近くにいたわたしは顔を引きつらせながら一歩後退した(伸びるといけないので、春奈ちゃんのジャージからは手を離した)。そういう得体の知れない話は、心許なくなってしまっていけない。振り返ると、みんなの顔も緊張したような表情から全然動かない。

 そのときだった。
 突然、固く閉ざされた扉が、ギーッとした重たく嫌な音を響かせながら、ゆっくりと開き始めた。息が詰まる。

 そして暗がりの中から長い髪をゆらゆら揺らした女の人が

「ぎゃあああああああっ!!」


 絶叫の渦に飲み込まれた。
 自分も叫んでおいてなんだけれど、背後から聞こえたみんなの絶叫ボリュームが予想以上に大きいことにかなり驚いて、思わずそのまま地面に尻餅をついた。すぐに凜とした声が上から降ってくる。「みんなそろったわね」

「な、夏未ちゃん……」

 開いた扉の前に立っていたのは夏未ちゃんだった。長い髪を耳にかけながら、何をそんなに驚いているの?という顔をしている。驚かせるなよ、と焦ったように染岡が言うけれど、多分目金が余計な話をしなければこんなに吃驚しなかったと思う。

「お前、どんだけビビってんだよ」
「し、心臓飛び出るかと思った…」

 風丸が苦笑しながらわたしの手をつかんで立ち上がらせてくれた。風丸の爽やかさは、こんなに不気味な場所にはひどく不釣り合いだ。怪我してないか?の問いかけに頷いて、ありがとうとお礼を言う。

 夏未ちゃんがわたしたちをここに呼び出したのは、この扉の奥にある場所に連れて行きたかったからだそうだ。扉を開けてすぐに下り階段が奥まで続いていて、中は薄暗い。夏未ちゃんを先頭に、わたしたちはゆっくりと忍び足で階段を下った。
 しばらくすると開けた場所に出た。室内はかなり広々としていて、どういう用途に使うのかわからない大きな機械や設備がひっそりと佇んでいる。

「ここは……?」
「伝説のイナズマイレブンの秘密特訓場、イナビカリ修練場よ」

 イナズマイレブン。その単語に反応して、わたしたちは一斉に夏未ちゃんを振り返る。
 あの伝説のイナズマイレブンは、この施設を使って特訓を繰り返していたらしい。夏未ちゃんは、理事長室にて資料の整理を行っていたときにこの場所について記された資料を見つけ、理事長、もとい夏未ちゃんのお父さんの協力のもと、この場所をまるまるリフォームしてくれたそうだ。
 仕事の速さと思い切りの良さ、そしてその財力にわたしたちは唖然とする。夏未ちゃんが味方につく=理事長が味方につく=財力が手に入る、という式がわたしの頭の中で完成した。

「使っていいのか?」
「あるものは使わなきゃ損ですからね」
「本当か!?すっげー!ありがとう!」

 円堂のまぶしい笑顔に、夏未ちゃんはたじろいつつもしっかりとツンデレな台詞を吐いてくれた。


 みんなは早速この修練場を使わせてもらうことになった。みんなは興味深げに至るところに置いてあるマシーンを見つめたり、おそるおそる触ったりしている。
 夏未ちゃんの指示のもと、わたしたちマネージャーはみんなを修練場に残して部屋の外に出た。閉じた扉についたロックを手慣れた様子で夏未ちゃんが操作していく。タイマーロックになっていて、一連の特訓が終わるまで開かない仕組みになっているらしい。嫌でも特訓をしなければいけないわけだ。無機質なタイマーが、きっちり正確に動き出す。

 しばらくすると、扉1枚隔てた向こうの部屋が一気に騒がしくなった。機械の作動音や何かがぶつかるような音、それからみんなの悲鳴。わたしと秋ちゃんと春奈ちゃんは驚いて顔を上げる。夏未ちゃんだけは余裕のある表情を浮かべていた。
 中で一体何が行われているのか。あの機械たちは、一体どんな特訓に使用するのか。謎に包まれた扉の向こう、わたしたちは心配になる。

「心配ないわ」

 そんなわたしたちを見てか、夏未ちゃんはそれだけ言って部屋を出て行ってしまった。残されたわたしたち3人は、互いに視線を合わせて、そして同じことを考える。ここでみんなの特訓が終わるのを待とう。終わったらすぐに、タオルとドリンクを配れるようにして。



 3、2、1、0。
 3時間きっかりにセットされていたタイマーロックがぴたりと止まる。扉の向こうは、さっきまでの騒がしさがまるで嘘みたいに静かになった。
 急いで扉を開けると、重なるように倒れ込んでボロボロになっているみんながいた。息も絶えだえ、全身の筋肉を酷使して、疲労困憊状態だ。
 「私、救急箱とってきます!」春奈ちゃんが慌てて駆け出した。わたしと秋ちゃんは素早くタオルとドリンクを手渡していく。

 虫の息が聞こえる中、円堂が仰向けになりながすっと拳を突き上げた。その顔は達成感とやる気に満ちている。

「元気出せ…!伝説のイナズマイレブンの特訓を乗り越えたんだぜ」
「その通りだ。この特訓は無駄にはならない」

 豪炎寺も、まだ笑える余裕があるらしい。

 「試合まで毎日この特訓を続けるぞ!」そうやって喝を入れる円堂に、みんなも弱々しく、だけどしっかりと拳を突き上げた。少し前のみんなだったら真っ先に弱音を吐いただろうに、今ではとても意欲的だ。雷門中サッカー部は、みんな案外タフである。


 


 イナビカリ修練場での特訓は本当に1週間行われた。
 初めこそ死にそうになっていたみんなだけれど、時間が経つにつれてめきめきと体力や技術が向上していくのが見ていてわかったし、練習後は死にそうな表情からやりきった表情に変化していた。わたしは早く御影専農中のあの2人にぎゃふんと言わせてやりたくて、うずうずしながら時が過ぎるのを待った。

 そして試合当日。
 今回もバスに乗り込んで、わたしたちは御影専農中にやってきた。前回の野生中とは違って御影専農中は都心に位置していて、校舎はまるで何かの研究施設のようなただならぬ雰囲気が漂っていた。この前の河川敷の練習で御影専農中のトラックに積まれていたパラボラアンテナが、ここでは至るところに張り巡らされている。

「2人とも、見てくださいあの人」

 グラウンドに入るなり、春奈ちゃんが御影専農中側のベンチを小さく指さした。見てみると、顔面に何やら奇妙な機械を取り付けた男性が、パソコンの画面を見つめながら不気味に笑っている。機械のせいで、顔は口元しか見えない。

「だ、誰あれ…」
「御影専農中の監督です。選手たちが着用しているゴーグルに、データや作戦を送信してるって話ですけど……」

 わたしなんかの想像や知識だけでは追いつけないほど、発展したハイテクノロジー。機械で物事を測り、効率の良い方法を模索して無駄のない練習を行う様子を想像してみても、いまいちピンとこない。汗まみれ泥まみれになってくたくたになるまで練習をするほうが、みんなにはうんと似合っていると思った。

 選手たちがグラウンド中央に整列する。春奈ちゃんの言っていたとおり、この前は着用していなかった杉森も下鶴も、御影専農中の選手全員がゴーグルを装着していた。
 試合開始の笛が鳴る。雷門のキックオフで、試合が始まった。

 豪炎寺から染岡にパスが渡って、相手ゴールへと迫っていく。下鶴にディフェンスされ、染岡が豪炎寺にボールを出すと、途端に豪炎寺が6人もの相手選手に囲まれた。

「えっ、普通あんな人数でマークする?」
「豪炎寺先輩は、やっぱり相手チームにとって要注意人物なんですね。でも、大人数でマークしている分他の場所が手薄になるので、そこを上手くつければ切り抜けられますよ」

 春奈ちゃんの解説を聞きながら、わたしは試合の動きを必死に目で追っていた。豪炎寺は染岡にボールを戻し、染岡はそのままドラゴンクラッシュを打った。唸る青い龍が、勢いよくゴールに向かって突撃していく。
 しかし、豪炎寺をマークしていた6人が、ドラゴンクラッシュの威力を軽減させるかのように1人ずつ順にボールを足に当てパスをつないでゆき、ゴールキーパーの杉森に辿り着くころにはすっかり威力が衰え、難なくキャッチされてしまった。流れるような洗練された動きに、わたしたちは思わず絶句する。

「驚くことはない。君たちの行動パターンは完全にデータ通り。従って簡単に予測できる!」

 杉森はそう言ってボールをフィールドに戻した。雷門ゴールに向かって、相手チームがぐんぐんと上がってくる。風丸がスライディングでボールを奪い取り、宍戸くんにパスが回るけれど、すぐに奪い返されてそのままシュートを打たれた。円堂がしっかりとそれを受け止める。

「……なんだか…」
「うん、」

 秋ちゃんが試合の様子を見つめながら、何かを言いたげに口を開いた。わたしはそれに合わせるように頷く。
 秋ちゃんの言いたいことはわかっていた。試合の流れは決して雷門が優勢とは言えないけれど、それでもみんなの動きが、これまでと比べて格段に良くなっているのだ。ディフェンスに回るまでのスピードや、相手にボールが回ったときの反応の良さ、それからドリブルやパスなどの細かな動きまで、以前と比べてとてもスムーズだししっかりしている。豪炎寺のファイアトルネードも染岡のドラゴンクラッシュも、杉森のシュートポケットでは防ぎきれなくなっていた。
 これは確実にイナビカリ修練場での練習の成果だ。夏未ちゃんに感謝だなあ、と思いながら試合の行方を見守る。豪炎寺と壁山くんが、イナズマ落としを決めようとしていた。――いけ!

「――――――えっ」

 春奈ちゃんが小さく声を上げた。
 雷門の猛攻に体勢を崩した杉森が、シュートポケットではなく、新しい必殺技でイナズマ落としを弾いた。力強く突き出された右手の拳が、まるでロケットのよう。
 パンチングで弾かれたボールを御影専農中の選手がうまく拾い、そのまま勢いよく雷門ゴールに迫り、下鶴の強力なシュートがゴールに突き刺さった。

「い、入れられちゃいましたね…」
「まだ必殺技持ってたんだ…」

 前半は、残り時間あとわずか。せめてこの流れを断ち切ってから後半に臨みたい。
 思わず握り締めていた拳を開いて、わたしは気持ちを落ちつけようとひとつ息を吐いた。そしてグラウンド内をぐるりと見回してみる。すると観客席の隅っこに、見覚えのあるゴーグルをかけた人物がいるのを見つけた。

 ゴーグルマントくん。
 いや、今日もマントはつけていないのだけれど、そうじゃなくて。彼の名前は、そう、鬼道だ。どうして彼がここに?
 ぼんやりとしていたら、御影専農中がまた雷門ゴールに攻めてきていたので、わたしは慌てて声を張り上げて応援をした。


20130609
20141113 加筆修正
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