夏と羊と神様とわたし | ナノ


 前半終了後、わたしたちは一旦部室に戻って試合の反省点を手短に話し合った。幽谷という選手のゴーストロックという声かけで、急にみんなの体が動かなくなったこと。尾刈斗中の監督によるあの不気味な呪文のこと。この2つが何かしらの関連性を持っているのだろうという予測を立てて、後半はそれらを探りつつ、フォワードにボールを集めて積極的に攻めていこうということになった。

 後半が始まってすぐ、徹底的にマークにつかれていてパスを送ることができなかった豪炎寺にボールが渡った。ゴールのチャンスだ、と思ったのだけれど豪炎寺は何かを考える素振りを見せて、少林くんにすぐボールを戻す。ファイアトルネードが繰り出されるかと思っていたわたしたちはみんなきょとんとした。何故豪炎寺はシュートを打たなかったのだろうか?
 少林くんは半田にボールを回し、半田は少し迷ったあと、染岡にパスを出した。しかし2人の選手に囲まれていた染岡にボールは届かず、あっさり奪われてしまう。

「半田先輩!なんで豪炎寺先輩にパスしないんですか!」
「豪炎寺さんノーマークだったのに!」
「だ、だってあいつにボール回したってシュートしないだろ!」

 言い合いが始まってしまう。どちらの言うこともわかるけれど、豪炎寺の様子から彼はあえてシュートを打たなかったのだと思うので、ここは染岡にボールを集めるのが正解のような気がする。
 しかしこれがきっかけとなり、雷門の連携は乱れに乱れた。染岡の自分にボールを回せという言葉を聞かずに少林くんは豪炎寺にパスを送る。豪炎寺はシュートを打たない。染岡では駄目だと言う少林くんに怒った染岡が豪炎寺から無理にボールを奪うけれど、尾刈斗中のキーパーによるあの吸い寄せられるような空間によってシュートが止められてしまう。

「流れがどんどん悪い方に向かってるわね…」
「今はチームで争ってる場合じゃないのに!」

 秋ちゃんと春奈ちゃんも心配そうに試合の様子を見つめている。わたしもはらはらしながら、祈るように手を胸の前で組んでいた。
 すると不意にまた尾刈斗中の監督が豹変し、あの呪文を唱え始めた。ゴーストロックを仕掛けるつもりみたいだ。あまりにも不気味なそれに思わず耳を塞ぎたくなる。あの人、ちょっと本当にヤバイ。背筋が凍るような思いでグラウンドを見つめる。

 尾刈斗中の選手がゴールの目前にまで迫ってきている。みんなは前半と同様に動けなくなってしまい、打つ手なしか、と思われたそのとき、突然その声は響いた。


「ゴロゴロゴロドッカーン!!」


 その馬鹿でかい声はグラウンド中に響き渡った。

 文字通り目が点になった。何が起こったのかよくわからなかったのだが、今わたしが目で追っていたものが正しければ、突然叫びだした円堂が動けるようになって、新しいパンチング技で尾刈斗中のシュートを止めていたはずだ。さっきの言葉は円堂が叫んだものだったのだと気づいて、円堂どうしたの?という気持ちでいっぱいになった。みんなぽかんとした顔で円堂を見つめている。
 すると円堂と同様に、みんなも動けるようになった円堂が言うには、尾刈斗中の頻繁に入れ替わるフォーメーションに加えて、あの監督の呪文のような暗示によってみんなは動けなくなっていたらしい。一種の催眠術のようなものだろうか?自分で大声を出すことでそれを打ち消した円堂は相当大物だなと思う。

「そんな単純な秘密だったなんて……」
「それを気づかせないために、あの監督は初めにわざと挑発して冷静さを失わせたんでしょうね」

 目金の解説を聞きながらこれって反則じゃないの?と思ったのだけれど、誰も何も言わないあたりセーフらしい。サッカーって奥が深い。
 「ここからが反撃だ!」円堂は染岡にパスを回せと少林くんにボールを渡す。渋る少林くんに向かって、円堂はあいつを信じろ、と言った。

「俺たちが守り、お前たちがつなぎ、あいつらが決める!俺たちの1点は全員で取る1点なんだ!」

 円堂のその言葉を聞いてみんなは一斉に走り出した。少林くんから染岡へのパスもきちんとつながって、相手のスライディングを染岡が軽々とかわしていく。そのとき、染岡が本当に楽しそうに笑っているのが見えてなんだか嬉しくなった。
 相手のゴールが目前に迫ってくると、尾刈斗中のキーパーによってまたあの吸い寄せられるような不思議な空間が現れた。ゴーストロックの謎は解けても、あの技を破らなければ何も変わらない。そのとき、染岡の隣を走っていた豪炎寺が口を開いた。

「奴の手を見るな、あれも催眠術だ!平衡感覚を失いシュートが弱くなるぞ!」
「お前、ずっとそれを探っていたのか…」

 わたしは驚いて豪炎寺を見た。あの空間にそんな秘密があったなんて、誰も気がつかなかった。だから豪炎寺はあえてシュートを打たずに相手の技を観察していたのだ。
 そのとき染岡が豪炎寺の名前を呼んでドラゴンクラッシュを放った。けれどボールはゴールへ向かうことなく、真っ直ぐ上に向かって上がっていく。すると豪炎寺が高く跳び上がり、染岡のドラゴンクラッシュをそのままファイアトルネードでゴールに叩き込んだ。炎をまとった青い龍が唸りを上げる。びりびりとした空気が肌を突き刺した。

「なるほど、空中からならキーパーの手を見ずにシュートを打てますね。しかもドラゴンクラッシュとファイアトルネードが合わさってかつてないパワーを生み出した……なかなか見事な連係プレーでしたね。これをドラゴントルネードと名付けましょう!」

 目金が眼鏡をくいっと上げて得意げに解説した。とてもわかりやすいネーミングだ。染岡と豪炎寺の協力技が出来上がるだなんて一体誰が想像しただろう!逸る気持ちを抑えるようにわたしはひとつ息をついた。
 ふと辺りを見回せばグラウンド中が声援に包まれていた。みんなが雷門を応援してくれているという事実にわたしはじんわりと感動している。ふと鬼道たちがいたところを見ると、もうすでに2人の姿はなかった。

 染岡と豪炎寺の2人はその後続けざまにドラゴントルネードを決め、4対3で雷門は見事逆転勝利をおさめたのだった。


 


 すっかり陽の傾いたグラウンドで、わたしたちは今日の試合の勝利を喜んでいた。円堂が染岡と豪炎寺の肩を抱いて嬉しそうに笑っている。

「やってくれたな染岡、豪炎寺!お前たちのドラゴントルネードが教えてくれたよ。1人じゃできないことも2人で力を合わせればできるようになるんだってな!」
「エースストライカーの座は譲ったわけじゃないからな」

 まだ素直じゃない染岡に、豪炎寺はやれやれというふうに笑っている。

「あんなこと言ってるけど、ドラゴントルネードが決まったあとの染岡めっちゃ嬉しそうに笑ってたからね。かわいいとこあるよね!」

 豪炎寺は真顔でそうだな、と賛同してくれた。ほら、豪炎寺もかわいいって!――そう言おうと口を開くと、不意に背後からただならぬ殺気を感じた。おそるおそる振り向くと、耳まで赤くなった染岡が鬼の形相でわたしを睨みつけている。咄嗟にヤバイと思ったわたしは、一番隠れやすかった壁山くんの後ろに素早く身を潜めた。

「名字、てめえ余計なこと言うんじゃねえ!」
「ギャアアアちょっとストップ無理ですごめんなさい!!これ以上染岡に頭ぶっ叩かれたら脳細胞死滅する!!」
「もともとお前の頭にそんな脳細胞入ってねーだろうが!いっそのこときれいに掃除してやるよ!」
「名字先輩俺を盾にするのやめてくださいッス!!ギャアアア!!」

 壁山くんを巻き込んでの生死をかけた鬼ごっこが始まった。松野が頭の後ろで腕を組みながら「あーあ、また始まった」と呑気なことを言っているが、そんな悠長なことを言っている暇があったら助けてほしかった。
 途中、秋ちゃんという女神の救済によってわたしの脳細胞は無事に守られた。染岡はわたしには容赦がないけど、秋ちゃんや他の女の子には普通に優しいのだ。サッカー部の男子はみんな、秋ちゃんには頭が上がらないんだ、きっと。

「とにかく、これでフットボールフロンティアに出場できるぞ!」

 円堂が目を輝かせながら言った。夏未ちゃんの条件では、今日の練習試合に雷門が勝てばフットボールフロンティアへの出場を認めてもらえることになっていた。
 サッカー部を立ち上げたころに円堂が持ってきたフットボールフロンティアのポスターは、今も部室に貼られている。今の円堂の瞳は、あのとき絶対にこの大会に出場すると言った円堂の瞳と同じ、きらきらと眩しい光を放っている。

「でも出場するためには予選を勝ち抜かないといけませんよね?」
「各学校の監督が抽選会に行くらしいぜ」
「冬海先生大丈夫かなあ…」

 フットボールフロンティアの話題になると、みんなもわくわくしてくるみたいだ。口数が多くなっている。一体どんな相手と戦うことになるんだろう?ちょっと今日みたいな怖い人たちは勘弁だよねー、と隣にいる壁山くんに話しかけたら、さっきの生きるか死ぬかの鬼ごっこに巻き込んだことを根に持っているのか、ちょっと不貞腐れた顔をされたので、ごめんねと謝って彼の大きなお腹を撫でた。頭は到底届かないからね。


20130225
20140905 加筆修正
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