夏と羊と神様とわたし | ナノ


 染岡の必殺シュートが完成したのは翌日のことで、目金によってドラゴンクラッシュという格好いい名前がつけられた。わたしとしては壁山くんが発案した染岡スペシャルがいいと思ったのだけれど、目金にあっさり却下される。染岡にもそれはねえわ、という顔をされた。
 染岡が放つドラゴンクラッシュは、青い龍が吹き荒れる風とともに咆哮しゴールに突き刺さるような迫力ある技で、秋ちゃんと春奈ちゃんとわたしは間抜けにも3人そろって口を開けてその様子を見ていた。でも、よかった、染岡嬉しそうだ。円堂や半田によくやったともみくちゃにされて、やめろと言いながら笑っている染岡を見てわたしも自然と笑顔になる。そして向こうから近づいてくる足音と姿を確認すると、ますます自分が笑顔になるのがわかった。

「豪炎寺!」

 そこに立っていたのは豪炎寺だった。みんなも染岡とじゃれ合うのをやめて振り返る。驚いた顔をしていた。
 円堂が一歩豪炎寺に近づく。豪炎寺は真っすぐに円堂を目で捉えて、迷いなく口を開いた。

「円堂……俺、やるよ」

 何を、だなんて言わなくてもわかる。一瞬ぽかんとしていた円堂もみるみるうちに笑顔になって、白い歯を見せてニカッと笑ってみせた。どこからともなくわあっと歓声が上がる。
 目が合うと、豪炎寺は少しだけ困ったように笑った。正直笑ったかどうかわからないくらいの微かな表情の変化だったけれど、わたしにはそれがとても、嬉しかった。夕香ちゃんだってきっと喜んでくれる。豪炎寺によく似たあの小さな女の子の笑顔が早く見たいと思った。

 染岡の必殺技が完成した上に、豪炎寺が来てくれた。これでもう百万馬力だね、と円堂とハイタッチをする。相変わらず力が強い。


 


 尾刈斗中との練習試合の日がやってきた。天気はあいにくの曇り、試合日和とはいかないけれど暑すぎても体力を奪われてしまうから、少しは涼しくていいのかもしれない。
 この前の帝国との練習試合で興味を持ったのか、グラウンドには試合を見に雷門の生徒がたくさん来ていた。この前の野次馬的なギャラリーではなくて、本当に応援しに来てくれた人もいるみたいで嬉しくなる。そんなことを考えていたら部室にストップウォッチを忘れてきたことに気づいて、秋ちゃんたちに声をかけて部室へと急いで戻る。ちらりと横目にうつったのは準備運動をするみんなの姿と、円堂と何かを話しているふわふわロングヘアーの女の子。夏未ちゃんだ。

 ついつい目をそちらに向けてしまい前を見ずに走っていたら、突然顔に何かがぶつかりその反動で弾き飛ばされた。鼻が潰されてふがっという声が漏れて、お尻が地面と仲良くコンニチハをする。

「わ、悪い、大丈夫か?」

 ボーイソプラノが頭上から降ってくる。顔を上げると、右目に眼帯をした髪の長いきれいな男の子が、吃驚した顔をして屈みながらわたしに手を差し出してくれていた。風丸や宮坂くんみたいな一見美少女系男子を見慣れているわたしにはすぐにわかる、この子は男の子だ。もう女の子と間違えて怒らせてチョップされるなんて過ちは犯さない。だってあのときの風丸、怖いったらなかったもの。

「ご、ごめんなさい!すごくよそ見をしていました!!」

 前を見ずに走っていたのはこっちなのに謝らせてしまったことに申し訳なくなって、思わず正座をしてしまう。「わかったから、早く立てよ」と笑いながら男の子が言うので、ありがたくその手を借りてわたしは立ち上がった。鼻とお尻がじんじんする。

「す、すみません……」 
「いや、こっちこそ悪かった。怪我ないか?」

 頷きながら、わたしは内心はて、と首を傾げた。この男の子、どこかで見たことがあるような気がする。向こうもそう思ったのか、少し探るような目つきでしげしげとわたしを眺めている。まつ毛が長いなあ。

「お前、」
「佐久間、どうした?」

 男の子の言葉を遮って、誰かが声を発した。男の子の後ろからめちゃくちゃ見たことのある個性的な人が歩いてきたので、わたしは思わずあっと声を上げる。

「ゴーグルマントくん!」


 瞬間、辺りが沈黙に包まれる。わたしはあっやべ、と思っていた。
 やってきたのは帝国サッカー部のキャプテン・ゴーグルマントくんで(名前は忘れた)、この男の子はそういえば帝国サッカー部のフォワードだった子だということを思い出した。どうりで見たことある気がしたはずだ。
 しかし問題はそこではなくて、ゴーグルマントくんというのはわたしが彼の外見的特徴を挙げて勝手につけたニックネームであり、もちろん彼の本当の名前ではない。そしてそのニックネームはわたしが心の中だけで勝手に呼んでいたものなのだから、彼がそれを知るはずもない。しかも今日の彼らは私服で、彼はそもそもマントを身につけていないので正確に言えばゴーグルくんになってしまう。いや、そういう問題じゃなかった。怒られる。

「ぶっ!」

 沈黙は眼帯の男の子が突然吹き出したことによって破られた。
 肩を震わせながらくっくっく、と喉の奥で堪え切れていない笑い声を噛み殺すように口に手を当てている。何がそんなにおかしいのかわからないわたしとゴーグルマントくんはただただ黙って膠着状態。とってもシュールだ。
 「佐久間、笑いすぎだぞ」いつまでも笑っている男の子にゴーグルマントくんが痺れをきらすけれど、男の子は「わ、悪い、だってゴーグルマントってそのまんま……ぶっ、くく」と全然悪いと思っていなさそうな回答をした。そんな男の子に溜め息をついて、それからゴーグルマントくんはわたしに向き直る。お前は雷門のマネージャーだったか。そんな声に思わず姿勢を正した。

「え、うん」
「俺は鬼道有人、だ」

 名前をとても、強調される。そういえばそうやって呼ばれていたかもしれない。やっぱりゴーグルマントくんと呼ばれるのは嫌だったみたいだ。申し訳ない。
 ようやく笑い終えたのか、眼帯の男の子が「俺は佐久間次郎」と自己紹介をしてくれた。わたしはそれぞれ2人に頭を下げて名字名前です、と名乗った。

「2人はなんでここに?」
「まあ一応偵察ってところだな。ちょっとは強くなったのかよ?」

 佐久間が意地悪そうに笑う。本当に意地悪な笑いじゃなくて、そこにはからかうような雰囲気が含まれていた。この前の試合のせいでどうも帝国にあまり良い印象がないのだけれど、この前みたいな嫌な雰囲気は微塵も残っていなかった。むしろなんだか気さくな雰囲気すら感じる。彼らもフィールドの外では普通の男子中学生なのだ。
 「もちろんだわ!尾刈斗中なんてもうけちょんけちょんにしちゃうわ!」と息巻いて言うと、ちょっと笑われた。期待しないでおく、というゴーグルマント、じゃなかった鬼道の言葉を残して、2人は去っていった。帝国はまだ豪炎寺の観察をするつもりなのかなあ、と考えたけれど、考えたところでわたしには何もわからない。偵察の対象がサッカー部全体に向けられるくらい強くなれたらいいな。


 


 思わぬところでタイムロスをしてしまい、急いでストップウォッチを手にしてベンチに戻ると、もうグラウンドには尾刈斗中サッカー部が到着していた。思わずヒッ、と声を上げそうになるのを慌てて抑える。
 尾刈斗中のベンチ近くでは、ジェイソンのお面を被っていたり、顔を包帯でぐるぐる巻きにしていたり、瞳が描かれた布で目隠しをしていたりする異形な出で立ちのメンバーが整列している。一体いつからここはお化け屋敷になったんだろう!秋ちゃんも春奈ちゃんも気味悪そうに見つめている。嫌な予感が拭いきれない。

 グラウンド中央に両チームが整列したとき、尾刈斗中の監督が歩み出てきて豪炎寺に丁寧な挨拶をしていた。豪炎寺がいるから雷門に試合を申し込んだのであって、その他には期待も興味もない。そんな物言いにむっとして、みんな尾刈斗中の監督を睨みつけている。

「染岡ー!!けっちょんけちょんのギッタンギタンにしてやれー!!」
「なんだよそのアホみたいな表現は」

 染岡は呆れた表情を浮かべたけれど、そのあとはっきりと「おう」と頷いた。あんな言い方をされて、一番悔しいのはきっと染岡だ。

 試合開始の笛が鳴る。尾刈斗中の作戦はガンガンいこうぜなのか、始まった途端猛攻を見せてきて、一人があっという間に雷門のゴール前にたどり着く。そして本日1本目のシュートが放たれた。
 ファントムシュートという必殺技らしいそれは、円堂のゴットハンドによって華麗に防がれた。すっかり安定したゴットハンドは既に貫禄が出てきている。

 風丸から少林くんにボールが渡り、少林くんは豪炎寺にパスを出そうとする。けれど豪炎寺は相手チームに隙がないほどがっちりマークをされていて、パスなんてとても出せそうになかった。やっぱり目をつけられているみたいで、とても窮屈そうだ。
 そこで少林くんは染岡にパスを送る。そして唸る青い龍、ドラゴンクラッシュだ。それは見事に相手キーパーを弾いてゴールに突き刺さった。やった!わたしたちは立ち上がって歓声を送る。勢いづいた雷門はそのまま染岡が追加点を決めて、あっという間に2対0になった。このまま行けばきっと勝てる、というわたしたちの希望に満ちた思いは、次の一言でぶち壊されることになる。

「てめえら、あいつらに地獄見せてやれ!」

 そんな物騒な声は、尾刈斗中の監督が発したものだったと理解するのに少し時間がかかった。その姿を目で追うと、先ほどの穏やかな表情とは一変して、彼はひどく恐ろしい顔つきをしていた。ぞわりと肌が粟立つ。それから尾刈斗中の監督が何やらぶつぶつと呪文のようなものをつぶやき始めたのを聞いて、わたしたちの考えは一致する。あの人、完全に、ヤバイ人だ。
 尾刈斗中の監督の声を受けて、瞳が描かれた布で目隠しをしている幽谷という選手が「ゴーストロック」と言って手を前にかざした。何かの技だろうか、と思ったのだけれど、ボールも何も使っていない。どういうことだろう。

 すると異変が起きた。尾刈斗中の選手たちがころころフォーメーションを変えながら上がってくるのに対して、松野や少林くんは同じチームの宍戸くんや半田をディフェンスし始めたり、ゴール前では壁山くんや影野、そして円堂までもが、時間が止まったかのようにピタリと身動きを止めてしまったりしたのだ。動かない円堂を前に、無情にもボールは雷門ゴールに入ってしまう。動かないのではなくて動けないのだと気づいたのはそれからだった。みんなも自分たちの異変に戸惑っている。

 豪炎寺の制止の声を聞かずにゴールまで突進した染岡のドラゴンクラッシュは、相手キーパーによって吸い込まれるようにあっさりと止められた。そのままカウンター攻撃をされて、また動けなくなった円堂たちを破って尾刈斗中は2点目を、そして立て続けに3点目を決めてしまった。


 前半終了のホイッスルが鳴り、みんながベンチへと戻ってくるのを横目にちらりと尾刈斗中の監督を盗み見ると、何事もなかったかのように最初の穏やかな表情に戻っている。それがわたしたちの目には余計恐ろしく見えた。

「や、やっぱり、呪いなんでしょうか……」

 春奈ちゃんの怯えたような声に、わたしと秋ちゃんは何も言えなかった。


20130225
20140905 加筆修正
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