夏と羊と神様とわたし | ナノ


 次の練習試合の相手が決まったということでみんなのテンションは鰻登り、早速河川敷まで行って熱心に練習を……、するんだろうなと思っていたのだけれど、なんだか雲行きがとっても怪しい。というのは、今現在両手を膝について悔しそうに顔を歪めている染岡の様子がおかしいからだ。

「こんなんじゃ駄目だ!」

 そう嘆く染岡にみんなも心配そうに目配せをする。河川敷に着いてからというもの、染岡は松野に強引なスライディングをしたり、影野の肩をつかんで倒したり、無理に風丸を押したり、ラフプレーばかりを繰り返していた。焦っているようにも見えるそれに、何かあったのだろうかと思案する。そういえば、さっき夏未ちゃんと部室に入ったときも染岡は何かに怒っていたような様子だったのをふと思い出す。円堂に曖昧にごまかされたけれど。
 秋ちゃんと一緒に不安げに河川敷を見つめていると、後ろからぱたぱたと元気な足音が近づいてくるのが聞こえた。振り返ると、明るい笑顔を浮かべた春奈ちゃんが息をはずませてこんにちは!と挨拶をしてくれる。

「あら、また取材?」
「いいえ、今日は練習の見学です!あたしあれから雷門イレブンのファンになっちゃったんです、もうみんなが一生懸命戦う姿が格好よくって!」

 そう息巻く春奈ちゃんが可愛くて思わず目を細めた。そう言ってもらえるのはなんだかわたしも嬉しくなる。けれど途中から来た春奈ちゃんも気がつくくらいに、今日の練習のムードが険悪なのはいけない。

「染岡くん、焦ってるわね…」
「……やっぱり、豪炎寺の登場が大きかったのかなあ」

 わたしと秋ちゃんは2人で首をひねりながらあれこれ考える。きっと染岡は、この前の帝国との練習試合でまさにヒーロー的な活躍をしてみせた豪炎寺に対して、何か焦りを感じているんだと思う。同じフォワードだし、自分もあんなふうに出来たら、という憧れや、劣等感やら負い目引け目やらがごちゃごちゃになっているのかもしれない。
 こういうとき、プレイヤーではない自分ができることは何もないんだと思い知らされる感じがして勝手に虚しくなる。困ったものだ。

 春奈ちゃんに次の練習試合の相手が決まったことを伝えると、春奈ちゃんは目を見開いて一瞬固まったあと、心底嫌そうな声でええええと声を上げた。予想外の反応だ。
 なんでも春奈ちゃんが言うには、尾刈斗中には怖い噂がいろいろあるらしい。それを聞いてなんだか嫌な予感がしたのであんまり聞きたくなかったのだけれど、何か役立つかもしれないということで全員集めて春奈ちゃんの話を聞くことになった。

「えっと、噂っていうのは……尾刈斗中と試合した選手は3日後に全員高熱を出して倒れるとか、尾刈斗中が試合に負けそうになるとすごい風が吹き出して結局中止になっちゃうとか、尾刈斗中のゴールにシュートを打とうとすると足が動かなくなるとか」

 春奈ちゃんが手帳を見ながら読み上げてくれる。顔が引きつるのが自分でもわかって、嫌だなそんなところと試合するの、と正直な感想を述べる。すごく物騒だし、オカルトな雰囲気がぷんぷんする。
 円堂は全然信じていないみたいだけれど、1年生組はぶるぶる震えながら不安そうな表情をしている。壁山くんなんかトイレに行ってしまった。

「やっぱり豪炎寺さんがいないと……」

 少林くんがぽつりとこぼす。ああ今はその名前は、と思ったのだけれど少し遅かった。案の定染岡が怒ったように声を上げる。

「豪炎寺なんかに頼らなくても俺がシュートを決めてやる。フォワードならここにいるぜ!」
「おう、その意気だ!なんか豪炎寺豪炎寺って、そりゃ染岡も怒るって」

 半田も困ったように笑いながら言う。確かに豪炎寺はすごいけれど、みんなには豪炎寺がいなくても勝ってやるくらいの気迫でいってもらわないといけない。染岡の言うことは正しい。でも、焦って自分を追い詰めることなんかないのだ。


 


 春奈ちゃんが雷門サッカー部のマネージャーになりたいと申し出てくれたのは昨日の練習が終わったあとのことで、わたしと秋ちゃんは声をそろえて喜んだ。もちろん大歓迎だったし、きっと春奈ちゃんは新聞部の情報収集能力を駆使して雷門サッカー部にたくさん貢献してくれるに違いない。
 春奈ちゃんがマネージャーになったことをみんなに伝えたあと、わたしたちは昨日と同じように河川敷まで練習に来た。染岡は先に来て既に1人で練習を始めていて、ひたすらゴールに向かってシュートをぶつけている。

 みんながアップをする間、先に来ていた染岡を休ませるためにドリンクとタオルを準備していると、円堂がなんだか少し真面目な顔をしてこちらにやって来た。

「どうしたの?」
「昨日、豪炎寺の妹が入院してる病院に行ったんだ」

 知ってたんだな、と優しく笑う円堂にわたしはうん、と頷いた。あの日はたまたま豪炎寺と帰りが一緒になっただけだから、豪炎寺が夕香ちゃんのことを話してくれたのはもしかしたらただの気まぐれなのかもしれなかった。それでもわたしは少しでも豪炎寺のことが知れてよかったと思う。わたしはあのオレンジ色に染まった病室に思いを馳せた。

「豪炎寺の奴、名字に感謝してるって言ってたぜ」
「えっ?」
「背中押してもらえたってさ」

 わたしは驚いて目をぱちぱちと瞬かせた。あのときわたしは自分でも何を言っているのかよくわからなくなっていたし、きっと自分の言いたいことを押しつけているだけに過ぎないのだろうとばかり思っていたから、まさか豪炎寺がそんなふうに思ってくれていたとは考えもしなかったのだ。吃驚したけれど、だから帝国との練習試合にも来てくれたのかと思うと素直に嬉しいという感情が湧き上がる。
 直接言ってくれたらいいのに、と言うと「直接は豪炎寺も照れ臭いんじゃないか?」と円堂が歯を見せて笑った。もしかしたら豪炎寺もツンデレ属性なのかもしれないね、というわたしの言葉にはお前何言ってんだ?という顔をされたけれど、わたしはついつい口元がゆるんでしまうのだった。

 夕香ちゃんの具合が早く良くなるといいね、という話をしながら、2人で草むらに寝転んでいる染岡のところへ向かう。タオルとドリンクを手渡すと、ぶっきらぼうにサンキュ、と言われた。
 「あんまり無理すんな」という円堂の言葉に、染岡は少しだけ考え込んでから体を起こした。真剣な顔、そして紡がれた豪炎寺がうらやましいという言葉。

「あいつ、出てきただけでなんかオーラが違ったんだよな。1年生があいつ呼んでくれっていうのもわかる。あいつがシュート決めたとき、あれが俺だったらなってさ」
「……そっか」
「豪炎寺には負けたくない。俺はあんなシュートを打てるようになりたいんだ」

 真っすぐ前を見つめて言う染岡に、わたしは思わず隣でほお、ともへえ、ともつかない声を上げていた。「なんだよその間抜けな声は」染岡が呆れたようにわたしを見る。

「染岡すごいね」
「は?」
「羨ましいとかああなりたいとか、素直に口に出せるのすごいなって。相手のことをちゃんと認めた上で頑張るのって、すごくえらいと思うよ」

 素直に感じたことを口にすると、突然バシン!!というものすごい衝撃が頭に走ってぐえっという変な声が出た。一体何が起きているのか。頭の中で星がチカチカと瞬いている。近年稀に見る強さで染岡に頭をぶっ叩かれたということに気づいたのは、頭の中の流れ星がようやく流れ落ちたころだった。

「こっ……殺す気か!?!?」
「うるせー」

 一言で足蹴にされたあと、力強い手のひらで髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。先程とは打って変わってこれはとても心地いい。染岡は不器用だなあ、と笑えばまたうるさいと怒られた。ぶっきらぼうなところも不器用な手のひらも、染岡のすごくいいところなのだ。
 円堂も染岡は染岡なんだから、豪炎寺になろうとしなくていいと言って染岡の背中を叩く。そこで円堂の提案で、みんなで協力して染岡の必殺シュートを完成させようということになった。1人でできないことは仲間とやればいいんだよ、と言う円堂の笑顔は、まるで太陽みたいだ。


 


 それから染岡はみんなの協力のもと毎日特訓に励んだ。染岡大変なはずなのに一度も弱音を吐かないで、ただただゴールにシュートを打ち続ける。
 様子を見ているうちに、染岡のシュートにだんだんと変化が訪れてきた。スピードやパワーが加わったのはもちろんなのだが、打つたびに青い光のようなものを放つようになったのだ。それはとても小さくてよく目を凝らさなければわからないくらいの光だったけれど、おそらく必殺技の完成に近づいてきている兆しなのだろうと思う。あと少し、もう少しだ。

 染岡の必殺シュート特訓の4日目。河の上にかかる橋に、見慣れたツンツン頭が見えた。秋ちゃんと春奈ちゃんに断りを入れて土手を上り、後ろから軽く挨拶をするけれど返事は返ってこない。これは想定の範囲内だ。
 仕方なく隣に立って、橋からみんなの練習風景を見下ろす。すごく眺めがいい。あ、宍戸くんが転んだ。

「聞かないのか」
「何を?」
「どうして俺がここにいるのか、とか」

 豪炎寺は相変わらず目つきの悪い瞳で河川敷のグラウンドを見下ろしている。ゆるやかな風が吹いて、風に前髪が弄ばれる。

「えーっと、それは、今回限りだ(キリッ)とか言って格好良くユニフォーム脱ぎ捨てて退場したはいいもののやっぱりみんなが気になって練習見に来ちゃったことについて?」
「(……)…ああ」
「なんとなく、来てくれるんだろうなって思ってたよ」

 手すりに寄りかかる。川面が太陽の光に反射してきらきらしている。眩しくて目を細めた。

「染岡がんばってるよね」
「……」
「あれはね、豪炎寺のおかげなんだと思うよ。染岡負けず嫌いだから」

 でもそんな染岡にみんなが協力をして、仲間みんなで一生懸命ひとつになっている。1人じゃできないことはみんなで、という円堂の言葉を思い出して、こんなに素敵なことはないと思った。
 豪炎寺は何も言わないけれど、不器用だけど真っ直ぐな染岡や仲間のために一生懸命なみんなのサッカーに対する思いに、確実に何か心を動かされているんじゃないかと思った。だから豪炎寺はここにいる。夕香ちゃんのこととか責任とか、そういうの全部抜きにして、豪炎寺のサッカーに対する強い思いがきっと、そこにあるんじゃないかな。その瞳には強い思いが秘められている。

「まあ、ヒーローは遅れて登場するものだからね」

 訳がわからなそうに豪炎寺が思いっきり眉をひそめたので、わたしはおかしくなって笑ってしまった。


20130213
20140902 加筆修正
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -