家に帰ってから明日提出しなければならない宿題を学校の机の中に忘れてきたことに気づいてわたしは絶望した。これは決して大げさな表現ではない。今わたしは制服から部屋着に着替えて完全にリラックスモードであったし、今から学校に戻るということはまた制服を着て防寒対策をして寒い外に出て学校までの道のりを歩かなければならないし、今から行けば帰りはすっかり暗くなってしまうだろう。端的に言おう。面倒くさいのだ。
 しかしそうも言ってられない。確か宿題の範囲はワーク5ページ分となかなか広かったし、数学という苦手分野でもあるし、紺子ちゃんに見せてもらおうかとも思ったけど範囲が範囲なだけに申し訳ない。わたしは面倒くさいとなかなか起き上がれない自分の体に鞭を打って、ようやくベッドから這い出た。







 ワークは机の中にあった。置き勉派であるわたしの机の中には、テスト期間以外持ち帰らない教科書がみっちりと詰まっている。これだけ他のものが入っていたら、ワークの1冊や2冊忘れたところで気がつかないのも当然と言えば当然かもしれない。ふと前の席の吹雪くんの机を見ると、家では使わないであろう社会の資料集が1冊ぽつんと入っているだけで、他にはなにもなかった。うわあちゃんと全部持ち帰ってるのかな。すごい。えらい。

 すでに暖房を切られた教室は鬼のように寒くて、わたしはひとつ身震いをした。外はすでに暗くなり始めている。早く帰ろう。

「名前ちゃん」

 校門を出たところで誰かに名前を呼ばれた。振り向くとそこには、彼のトレードマークとも言える白いふわふわのマフラーを揺らしながらこちらにやってくる吹雪くんがいた。

「遅いね。今帰りなの?」
「うん忘れ物しちゃって戻ってきたの。吹雪くんこそ遅いね」
「部活が長引いちゃってね」

 もう暗いし、家まで送るよ。吹雪くんはそう言ってわたしの隣を歩き始めた。何この紳士…。そりゃあこんな甘いマスクでこんな優しいこと言われたら女の子もコロッといっちゃうだろう。吹雪くんが人気があるのがよくわかる。これを天然でやってのけるのだから侮れない。
 ふと吹雪くんの持っている白地に青いラインが入ったスポーツバッグが目に入る。ちゃんと教科書持って帰ってんだろうなあ。えらいなあ。

「忘れ物って、もしかして明日の宿題?」
「そう!よくわかったね」
「わざわざ取りに戻ってくるくらいだから、そうなのかなあって。でもそんなことしなくても、僕が見せてあげたのに」
「いや…!だって結構範囲広いじゃん、申し訳ないよ。それに自分でやんないとますますわかんなくなっちゃうし。わたし数学苦手だから…」
「あはは。名前ちゃんは真面目だよね」

 わたしからしたら、置き勉なんかせずにきちんと教科書を持って帰ってる吹雪くんの方がずっと真面目だと思う。日頃から少しずつ勉強を重ねているから頭もいいんだろうな。わたしは試験は1週間前から焦り始める派です。

「吹雪くんは優しいね」
「え?」
「送るって言ってくれたり、宿題見せてくれるって言ってくれたりさ」

 それに対して吹雪くんは曖昧に笑う。

 あれ、わたしなんか変なこと言ったかな。吹雪くんがこうやって笑うのは困っているときだということを、わたしは知っている。







 ふと空を仰いだら流れ星がひとつ流れた。思わず「あっ」と声を漏らしたけれど、そのころにはすでに星は流れ終わってしまっていた。いつの間にこんなに星が見える時間になっていたんだろう。
 吹雪くんがどうかした?と聞いてくるので、流れ星が…と言ったら、それだけで理解した吹雪くんはああ、と頷いた。すぐ消えちゃうからね、流れ星は。

「吹雪くんは3回お願い事言えたことある?」
「まさか。ないよ」
「だよね。そんな暇ないよねえ」

 そう言ってわたしは笑ったけど、吹雪くんはねえ、と話を切り出してきたから、わたしは吹雪くんの方を向いた。だけど吹雪くんは空を仰いだままだった。

「なんで昔の人は無理だってわかってるのに、流れ星に3回お願い事を唱えたら叶うなんて言ったのかなあ」
「えっ……と、」
「意味ないと思わない?」

 そんな天使みたいな笑顔してるけど結構残酷なことを言っている。
 わたしが小さくわかんないや、と言ったら、そうだねごめん、と言って吹雪くんが笑った。

「ほらね。僕、優しくなんかないでしょ」

 吹雪くんがとてもさびしげに笑うものだから、吹雪くんのさらさらな髪を撫でたら目を丸くして吃驚された。わたしも吃驚した。けどお構いなしに撫で続けた。吹雪くんはあまり背が高くないから、少しだけ背伸びをしたら簡単に手が届いた。目を見開いた吹雪くんのまつ毛はとても長くてそこらの女の子より何倍もかわいかった。女としてちょっと凹む。

 吹雪くんが小さくありがとう、と言うのが聞こえた。







「着いたよ」

 気づけばもうわたしの家の前だった。

「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。また一緒に帰ろうね」
「うん」

 また明日、と手を振って吹雪くんは帰っていった。わたしは吹雪くんの背中が見えなくなっても、しばらくそこに突っ立っていた。
吹雪くんはきっと、流れ星が願いを叶えてくれないことを誰よりもわかっているのだと思う。それでも彼はきっと、戻らないものたちに思い焦がれて星に願いを託したのだ。わたしは吹雪くんが元気になりますようにと願わずにはいられないから、今度流れ星を見たら一生懸命にお願いしてみようと思った。



20120730
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -