コタツというものは、人を本当に駄目にする。というのを、現在身をもって体感している。
 コタツの中にいながらすべてを済ませられるように携帯やテレビのリモコン、漫画、ティッシュなどが周りに散乱していて、おそらく傍から見たら散らかっている部屋にしか見えないと思うのだけれど、わたしにとってはこれでもかというほどの快適空間、いわばサンクチュアリ。布団の中よりも温かいからいつだってここで寝られるし、食事だってできる。コタツって本当にすごい。昔の人はよくぞこんな素晴らしいものを発明してくれた。
 ただ、素晴らしすぎるのが難点になる場合もある。あまりにもコタツから出たくないのだ。だって出たらもうそこは寒くて冷たい空間なわけで、オーバーに言えばコタツから出たら凍死するんじゃないかってくらい、厳しい冬の寒さ。出たら死ぬ、なら出なければいい。でもどうにもこうにも、わたしにはコタツから出なければならない理由があった。今しがた、ピンポーン、と間延びた音が響いたのだ。家の呼び鈴の音である。

 ここでわたしのテンションがおもしろいくらい急降下する。呼び鈴が鳴ったということは、出なければいけない。コタツからも、そして玄関にもだ。生憎お母さんは先ほど夕飯の買い出しに出たばかりで、休日の昼間の家には、わたしの代わりに玄関まで出てくれる者は誰も存在しない。
 嫌だ。出たくない。一度入ったら出られないのがコタツマジック、廊下は寒いし、ドアの外はもっと寒い。何か荷物が届くという話は聞いていないし、回覧板は今朝お隣さんに回したばかり。お母さんが忘れ物でもしたのかと思ったけれど、それなら呼び鈴を鳴らす必要もない。
 あれ、もうこれ出なくていいんじゃないか?だって思い当たる節はないし、知らない人がピンポンしてきても出たらいけないと小さいころに教わった。居留守ってことになるけど、訪問してくるならまず連絡のひとつくれたっていい。そう、だから、わたしは出なくてもいい。

 この結論に至るまでに10回ほどノンストップでピンポン攻撃をくらったけれど、かたくなに出ないと決心したわたしには効果は今ひとつである。よし、漫画の続きを読もう――と、半分くらいまで読んで開いたまま伏せていた漫画を手に取った瞬間、それは奪われた。

 誰に?

「ひどいなあ、何回もピンポン押したのに無視なんて」

 寝転ぶわたしの顔をのぞき込むようにして、逆さまの彼は漫画を手にニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。わたしは何が起きているのかがまったくわからず、口を開けたまま固まっている。

「ふ、ふ、不法侵入……!?」
「ピンポンしたってば」
「いや迎え入れてないよね!?なんで入ってこれたの!?怖い!!」
「さっきそこで名字さんのお母さんと会ってね。いらっしゃい上がっていってねって鍵開けてくれて、そのままお買い物行ったよ」
「……じゃあピンポン押す必要なかったじゃん!?あんな執拗に!」
「いきなり入ってこられたらビックリするでしょ?僕なりの気遣いだったんだけど……」
「いや怖いよ!結局入ってきてるし!!」

 心臓止まるかと思った。
 お母さんの馬鹿野郎なんで入れたんだ。わたしはお母さんがニコニコと嬉しそうに笑いながら「あらやだ、吹雪くん!いらっしゃい、名前ならコタツでごろごろしてるわよ〜、上がって上がって!私はこれから買い物行くんだけど、気にせずゆっくりしていってね」とか言っている姿が容易に想像できてため息をついた。招かれざる客は「わー、散らかってるね」と笑いながらわたしから奪った漫画をぱらぱらとめくっている。うるさい。

「名字さん、お客さんがきたらせめて起き上がってよ」
「いや吹雪くんなんできたの?なんで?何の用?」
「今日とってもいい天気だったから、名字さん誘って出かけようと思って」
「いや………いやいやいや。連絡くれたらよくない?なんでわざわざ来たの?」
「だって名字さん、連絡したところで用事あるとか言って嘘つくでしょ」
「…………」

 見抜かれている。

「そうだとしても、わたしは出かけない。断固拒否!」
「どうして?」
「やだよ、外寒いじゃん。ずっとコタツに入って家に引きこもってダラダラするのが冬の醍醐味ってものだよ」
「何言ってるの?ちょっとは外出ないと太るよ?」
「う……うるさい!出ないったら出ない!寒いの嫌だ!」
「今日そんなに寒くないよ。いい天気だって言ったじゃない」
「そりゃあ北海道に比べたら寒くないでしょうよ」

 言い負けそうになるのを必死に耐えてなんとか言い返しているけれど、だんだんと駄々をこねる子供の言い分みたいになってきて、我ながらどうしたものかと思う。でも寒いのは嫌なんだってば。
 吹雪くんはニコニコと笑ったまま。そうこうしている間にもわたしはトイレに行きたくなってきた。百歩譲ってトイレのためにはコタツから出るけれど、外に出る気はさらさらない。

「そんなに僕と出かけたくない?」
「え、いやいや……人の話聞いてた?寒いの嫌だって」
「わかった。じゃあ、名字さんが言ってた駅前のかわいいカフェのケーキおごってあげるから。僕とデートしてよ」

 何が、わかった、じゃあなのかよくわからないが、言い方を変えただけだし、食べ物で釣れると思われていることが心外なのだけれど。ケーキという単語を聞いて、少しでも魅力的に思ってしまった自分を殴りたい。
 別に吹雪くんとデートをするつもりは毛頭ないし、勘違いをしないでもらいたいのだが、わたしと吹雪くんはただのクラスメイトであって、デートをするような関係ではない。

「……………行く」

 まんまと食べ物に釣られた。


 ☆


 久しぶりにコタツから出てトイレに行ったあと、さっと出かける準備をして外に出れば、冷たい北風がぴゅうと吹いてわたしを襲った。コートやマフラーで隙間なく覆っているはずなのに、どうしても寒いものは寒い。

「あああああ……寒い……帰りたい……」
「まだ家出て3歩しか歩いてないよ」
「コタツ……コタツ入りたい……」
「はい、それじゃあ元気に出発しようか」

 爽やかな顔して鬼。有無を言わさないその笑顔に、わたしはいつから逆らえなくなったのだろうか。この笑顔で一体何人の女の子を騙してきたんだろう。恐ろしい。
 駅前の商店街に入る手前の花屋さんの向かいに、そのカフェはあった。最近できたばかりの真新しい白い壁、小さなボードに書かれた本日のおすすめメニューに、さりげなく飾られた花や小さなレースたち。どれも乙女心をくすぐるかわいらしい装いで、そんな店に躊躇なく入って行ける、というかむしろ似合っている吹雪くんが少し憎らしい。

「何がいい?」
「えっ、本当におごってくれるの?」
「僕は嘘つかないよ。名字さんと違って」

 一言多いのだ。

「うーん……モンブランかショートケーキか……どっちにしようかなあ、どっちもおいしそう」
「じゃあどっちも頼んだらいいよ。半分こしよう」

 ケーキみたいに甘くとろける笑顔。なんでこんな学校一のモテ男と休日におしゃれなカフェなんかに来ているのか、本当にわからなくなってきた。なんだか本当にデートみたいだ。

「だから、デートしようって言ったじゃない」

 わたしの心の中を見透かすように吹雪くんは言って、それから非常にスマートな流れで店員さんに注文を済ませた。素晴らしい。さすがモテる男子は違う。わたしはへえ、と感心しながら、すぐに運ばれてきた紅茶にミルクを注いだ。
 吹雪くんは泡のたっぷりのったカフェオレにこれでもかというほど砂糖をぶっ込んで、ニコニコしながらそれを飲んでいる。これからケーキがくるというのに、よくそんなに甘くしたカフェオレが飲めるなと思った。見ていて胸焼けしそうである。

「そういえば、今日サッカー部は部活休みなの?」
「うん。もうすぐテストだしね、しばらくは休みだよ」
「ははあ、暇だったんだ。勉強しなよ!」
「漫画読んでぐだぐだしてた人に言われたくないなあ。僕は普段から真面目に授業受けてるから、テスト前もそんなに焦らないでいいんだ」

 吹雪くんは成績もいい。運動もできて、イケメンで、なんで天は二物以上を彼に与えたんだろうか。とても不公平。
 テスト、という言葉を聞いて憂鬱な気分に持っていかれそうになったけれど、店員さんがケーキを運んできてくれたことによって沈みかけた気分が浮上した。

「どうしよう、どっちから食べようかなあ。吹雪くんはどっちがいい?」
「名字さんが食べたい方から食べなよ」
「……なんか……なんかごめんね……」
「え?なんで謝るの?」
「おごってもらう上にものすごく優遇していただいて……申し訳なくなってきた」
「そんなこと気にしなくていいのに。女の子には優しくしなさいって、おばあちゃんが言ってたよ」
「寒いから嫌だって言ってるのに引きずり出してきたのは優しさじゃないよね?」
「家にこもってばっかりじゃ体に毒だから連れ出してあげたんだよ」

 ああ言えばこう言う。せめてケーキの上の苺は吹雪くんにあげようと思って、モンブランに手をつけることに決めた。
 濃厚だけどしつこくない、絶品なマロンクリームを舌の上で堪能していると、おもむろに吹雪くんが口を開いた。ケーキはまだ食べないらしい。

「それで、名字さんに大事な話があるんだけど」
「ふぉ?」

 モンブランを頬張っているとそんなことを言われたものだから、わたしは食べるのをやめてフォークを置こうか迷っていると、食べてていいよ、と言われたので遠慮なく食べ続けることにした。
 大事な話、というわりには、吹雪くんの表情はやわらかな笑顔のままだし、なんだかそのまま天気の話でもし出しかねないほどののんびりとした空気だった。すごくいつも通り。大事な話ってなんだ?と身構える気もなくなるくらい。

「大事な話って言うのは、まあ……実は今まで何度も話そうとしたことなんだけど、その度にはぐらかされてきたっていうか、伝わらなかったっていうか。時々、名字さんわざとやってるのかな?なんで気づかないのかな頭悪いのかな?ってちょっとイライラしたりもしたんだけど」
「え?何?なんで唐突にけなされる?」
「それでもさすがに、今日は気づいてくれるかなって。ねえ、なんで僕が名字さんとデートしたいと思ったか、わかる?」

 話が全然読めない。でもここでわかんない、と正直に答えたら、多分怒られるだろうと瞬時に悟った。だってなんか、既に何かにイラつかれてたっぽいし。吹雪くんは怒ると絶対怖いタイプだ。

「ひ、……暇だったから?」
「……ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー」
「…………」
「…………」
「聞かなかったことにしてあげるから、もう一回考えてみて」
「ええええええ」

 違ったっぽい。どうしよう、その笑顔が怖い。強制されていないのに、わたしは自然とモンブランを食べる手を止めていた。
 そもそも、これはデートなのか?友達同士でもそれが男女だった場合はデートになるのか?わからない。
 なかなか答えを出さないわたしを見て、吹雪くんはカフェオレを一口含んでからまた口を開いた。

「名字さんって国語苦手だったよね、わかるなあ」
「馬鹿にされてることだけはわかる」
「なんでそっちはわかるの?」
「ちょっとくらい否定して」
「あのね、僕は学校以外でも、こうして名字さんと会いたいんだ。だから家まで会いに行ったし、デートもしたいんだよ」

 吹雪くんは笑っていなかった。
 急に真剣になるものだから、ちょっと怖くなった。ヤバイ、これは本当に怒られる?もしかしてイラつきのピークに達したのかもしれない。どうしてだろう、わたしは何も悪いことをしていないはずなのに。
 学校以外でも会いたいとか、デートしたいとか、そんなのってその、そういう理由しか考えられないと思うんだけど……。

「……えっ、吹雪くん、わたしのこと好きなの」

 マジギレされたらどうしよう、とおっかなびっくり聞いてみる。学校一のモテ男に一体何を聞いているんだろうと思った。我ながらなんて女だ。思い上がりも甚だしいと思われても仕方ない。
 ああほら、その証拠に、吹雪くんの眉毛が困ったように下げられて、盛大なため息をつかれた。「そうだよ。やっと気づいたの?」――って、え?

「え?」
「名字さんの鈍感」

 ちょっと拗ねたように唇を尖らせる吹雪くんは大層かわいらしかった。……そうじゃない。そうじゃなくて、ちょっと待ってほしい。かえって頭が冷静になってきた。わたしはとりあえず一口、ミルクティーを飲み込む。ケーキを食べるからと思って、砂糖を入れなかった甘くないミルクティー。

「えー……あの、その、……本当?」
「僕は嘘つかないって言ったでしょ」
「でも吹雪くん、何度も言おうとしたみたいなこと言ってたけど、全く記憶にない……」
「僕の頑張りはこれっぽっちも伝わってなかったってことかあ」
「えっいやだって!だって、ええ?本当にそんなこと言ってた?」
「名字さんが単刀直入に言わないとわからないのは、やっぱり国語苦手だからなのかな?」
「馬鹿にされている……」

 告白されているというのにちっともときめかない。あの学校一のモテ男の吹雪士郎に!わたし殺されないだろうか?明日から登下校の道には気をつよう。陰から飛び出してくる暗殺者、もとい熱狂的な吹雪ファンに命を狙われる危険がある。
 どこまで本気かわからないことを延々と考えていたら、吹雪くんはまたのんびりとした口調で話し始めた。この穏やかそうな雰囲気と、柔らかく笑う顔が、女の子のハートを射抜く要素なのだろうなあと思う。その口から飛び出す言葉はそんなに穏やかじゃないけどね。

「席替えのたびに名字さんの近くになった男子に席交換してもらったりとか、名字さんに言い寄ろうとした男子にはちょっと制裁受けてもらったりとか、そういう陰ながらの努力もしてきたよ」
「そんなことしてたの!?なんかどうりで吹雪くんと席近くなる率高いと思った!ていうか制裁って何!!?怖!!」
「じゃあ、返事してほしいからちゃんと言うね」

 何を、とは言えなかった。
 さっきまでのただニコニコしていた笑顔とは違って、今度はとびきりの優しいやつ。本当に大事なものを見つめるときのような瞳でわたしを捉えるものだから、思わず呼吸が止まった。

「僕、名字さんのことが好きだよ。きっと世界中の誰よりも大好き」


 うっ……

 うわああああああ死ぬ!恥ずか死ぬ!なんだこれ超ときめく!これでときめかないのは女子として終わってると思うけどどうしよう本当に死ぬかもしれない
 ぶっちゃけ吹雪くんにときめいたのは初めてのことで、というかこんな熱烈な告白をされたのも人生初なわけで、わたしは非常にテンパっていた。頭も顔も爆発しそう。「あっは、すごい、顔超真っ赤だよ」うるさい。
 しばらく悶えに悶えて、さっきよりは幾分か落ち着いたけれど未だに熱い顔を冷ますようにパタパタと手で風を送りながら、わたしは食べかけのケーキを見つめた。吹雪くんの顔が見れる気がしない。

「で、名字さんは?僕のこと好き?」
「すっ……!ごっ、だ、ぐう」

 自分でもわけのわからないうめき声を上げる。こいつは一体何を聞いてるんだ?わかんねーよそんなの!と半ば半切れ状態で、わたしは拳をテーブルにドン、と叩きつけた。
 わたしは今日1日コタツでごろごろしながら、漫画読んだりみかん食べたりしてのんびりするはずだったのに。どうしてこんなことになっているんだろう。帰りたい。

「……ふ、吹雪くんあのさあ」
「なあに?」
「なんていうか吹雪くんは……それは気の迷いっていうか、何かわたしに幻想かなんかを……見ているんじゃないかな……?もっと可愛くて頭良くて吹雪くんに似合う女の子、きっと他にいると思う……」
「名字さんは可愛いよ」

 ゴン、とわたしはテーブルに額を打ち付けた。もう駄目だ、耐えられない。ときめき耐性ゼロのわたしに、こんな苦行は耐えられない。

「それで?」
「………と申しますと……」
「だから、名字さんは、僕のこと好き?」

 元はと言えば全部全部、ケーキのせいなのだ。ケーキに釣られてふらふらとここに来てしまったし、まだモンブランしか食べていないけれどここのケーキはやっぱり絶品で、だから少なからず今日ここに来てよかったと思ってしまうし、この甘ったるい雰囲気もケーキが甘いせい。

「………す、好き…かも」

 だからわたしがこんなことを口走ってしまうのも、きっと絶対、ケーキのせい。ケーキがおいしかったから、なんかもういいやって思ってしまうのだ。

 伏せたままの顔を、本当に少しだけ上げて視線を吹雪くんに戻したら、満足そうに、甘くとろけそうな顔で笑う吹雪くんを見たものだから、わたしはまんまとしてやられたなあと、もう一度テーブルに額を打ち付けるのだった。痛いなあ、痛い。


20150123
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