「不動って悪ぶってるけど根は優しいしヘタレっぽいし、全然大丈夫だよ。この前だって電車でおばあちゃんに席譲ってたもん。いや本当だよ!動物だって大好きだよ!え、そういう話じゃない?ええー……でも全く想像できないし、だから大丈夫だって!不動だもん」


 と、完全になめくさった発言をしていた今日の休み時間のときの自分を張り倒したい。何が大丈夫だって?背中に壁が当たるせいで肩甲骨がゴリゴリして痛い。
 目の前では相変わらず目つきの悪い不動がわたしにガンたれている。距離が近い。これはもしや今流行りの壁ドンか、と思ったのだけれど、別に壁に手もつかれていなければ腕もつかれていないし、わたしが逃げたいあまりに勝手に壁に背中を押し付けているだけだから壁ドンでも何でもなかった。めっちゃ睨まれてるから傍から見たらカツアゲにしか見えないと思う。ほら早く跳んでみろよとか言われてそう。言われてないけど。

 想像していたのと違ってわりときれいに整頓されていた不動の部屋で、何が悲しくてわたしは背中を壁に押し付けているんだろうか。肩甲骨痛い。

「ふ、不動。不動くん。おーい」
「…………」
「ねえってば不動。ねー、明王ちゃん」
「気色わりー呼び方すんな」

 散々名前を呼んでもシカトを貫いていたくせに、明王ちゃんと呼んだら怒られた。一体この攻防戦はいつまで続くのだろう。途方に暮れる。


 不動の家にゲームをしに行くという話を今日の休み時間に友達にしたら、「え?マジで?」と目を丸くされた。ゲームをしに行くことに何をそんなに驚かれているのかと思っていたら、問題はそこではなくて、わたしが不動の家に行く、ということに焦点が当てられているみたいだった。
 「あんた襲われても知らないよ」と言う友達に吹き出しそうになるのをこらえて、わたしは冒頭の台詞を述べたのだ。そんなことあるはずない。だっていくら付き合っていると言っても、わたしと不動の関係は友達だったときと何も変わっていないし、甘い雰囲気なんてものとはほぼ無縁の日々を送っているのだ。まるで想像ができない。

 だからわたしは安心しきっていた。友達みたいとはいえ不動のことは好きだし、いつまでもこういう関係が続くんだと思っていた。不動もきっとそうなんだと思っていた。でもなんか、違ったらしい。

「なんかムラムラしてきた」

 そんな言葉が飛び出たのは、対戦式のゲームで不動になかなか勝てずにコントローラーを投げ出して、脱力したわたしがそのまま床に仰向けに寝転がった後のことだった。
 聞き間違いか?うん、聞き間違いだな。そうやってわたしは聞かなかったことにした。のそりと起き上がって、トイレ借りるね。そう一言告げて部屋を出ようとしたら呼び止められて、振り向いたら何故かゼロ距離にいた不動にキスをされる。あまりの早業に吃驚して、言葉も出なければときめきもなかった。突然すぎる。

「………お、おお……」
「お前……彼氏にキスされてその反応はねーだろ…」
「いや、なんか吃驚して……え、どうしたの?」
「だから、ムラムラしてきた」

 聞き間違いではなかったらしい。わたしは平静を装いつつも内心ちょっと混乱していて、無意識に後ずさりをした。それを阻止しようと不動がじりじりとにじり寄ってきて、わたしの背中はあっという間に壁とご対面する。ゴリッという音が聞こえた気がした。

「落ち着こう不動、落ち着こう。わたしはトイレに行きたい」
「は?実はお前そんなに行きたくねーだろ」
「何故ばれている!」
「お前こそ落ち着けよ」
「いやいや、いや、落ち着いてるよ。とりあえず一旦待って不動。大丈夫?どうしたの?」
「だからムラムラし、」
「それはもう聞いたよ!!何回も言わなくていいよ!なんで急にそうなっちゃったの!」
「いやなんか、お前が俺の部屋にいるって時点で既にやべー」
「いやいや……いやいやいやいや」

 誰だ、不動なら大丈夫っつった奴。わたしか。
 急にムラムラし始めた思春期真っ盛り系男子不動明王と10分近く押し問答をしていたら、不動の機嫌があからさまに悪くなってきてしまい、まるでカツアゲに遭っているかのような雰囲気になってしまったというわけだ。

 この状況をどう切り抜けようか、近年希に見る頭の回転の速さでわたしは考えた。考えて考えて、考えていたら、突然不動がふう、とひとつ息を吐いてわたしを睨むのをやめた。

「まあ、……お前が嫌なら別にいい」

 無理強いしても仕方ないしな。そう言いながらいつもの不動に戻る。カツアゲタイムは終わりらしい。

「でも俺は男だから、彼女が自分の部屋来たらそりゃヤリてーって思うわけ」
「ストレートすぎるよ…」
「うるせーな仕方ねえだろ、お前のこと好きなんだから」

 なんの恥じらいもなく告げられたのでこっちが照れた。普段そんなこと言わないくせにずるい。
 悪かったよ、と言ってわたしの頭を雑に撫でて、ゲームの続きをするかのように不動はテレビの前に座った。わたしは動揺していた。ムラムラすると言われたことより好きだと言われたことに動揺するなんて、わたしって案外乙女なんだなあ。不動の背中を見ていたらなんだか急にさびしいような気持ちに駆られて、思わず不動の制服のシャツをつかんでしまった。

「あ?なんだよ」
「…………えっと、」

 別になんでもない。なんて言ったら怒られるだろうか。

「嫌じゃ、ないよ。……吃驚しただけ」

 自分でもとんでもないことを口走っている自覚はあった。その証拠に顔がみるみる熱くなってきて、なんかちょっと泣きそうになる。なんだこれ、超恥ずかしい。こいつよくムラムラするとか言えたな。早くなんか言ってよ不動、と耐えかねて顔を上げたら、不動は目を見開いて、それはもう驚いた顔をしていた。ちょっとかわいかった。

「お前……意味わかってて言ってる?」
「う、うん」
「本気で言ってんの?」
「ほ、本気。だってわたしも不動のこと、す、好きだから」

 だから、不動がいい。
 ここまできたらもう恥もクソもないと思って半ばヤケだったけれど、でもまごうことなき本心だった。流されている感は否めないけれど、なんかもう、いい。いいや。心臓が心配になるくらい脈打っていて、わたしはこのまま死んでしまわないだろうかと不安になる。

「はあ……お前、ほんと、あー……」

 しばらく頭を抱えて唸り声を上げていた不動が、意を決したように顔を上げてわたしを見た。顔が赤い。

「やっぱやめるとか、なしだぞ」

 頷いた。
 その後は驚くほど自然な流れでベッドに移動して、わたしは不動に見下ろされている形になっている。シーツから香る不動のにおいでいっぱいになって頭がくらくらしてきた。まだ何もしてないのに、おかしい。

「……すげー顔真っ赤」
「言っとくけど不動もだから!色白いから余計わかりやすいから!」
「うるせーよ悪いかよ」
「いやむしろかわいいと思う」
「男にかわいいとか言ってんじゃねーよ、全然嬉しくねえ!」
「褒めてるんじゃん喜びなよ!」
「嬉しくねえっつってんだろ!」
「えええ……。……ねえ、不動の枕低反発?すごい、寝心地いいね」
「最近変えた」
「いいなーわたしもこれ欲しい」
「お前緊張しすぎだろ」
「するだろ!そりゃするよ!!」

 不動が何も言わずにわたしのシャツのボタンを外しにかかってきたので、慌てて待ったをかける。不動は不機嫌そうに眉をひそめた。

「あ、待った、ちょっと待った。質問」
「なんだよ」
「え、あの、靴下って脱いだほうがいいの?」
「…………もうお前黙れよ」

 ものすごく呆れた表情でそう言ったわりに降ってきたキスは信じられないくらい優しいものだったので、わたしは言われた通り大人しく目を閉じて、意識を不動に委ねた。相変わらず心臓は爆発しそうだし逃げ出したい、のに、逃げたくないというわけのわからない相反した感情をぐるぐるさせたまま。

「優しくしてやるから、安心しろ」

 あ、キュンときた。



20140926
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