耳元で爆音で鳴り出した携帯のアラームでわたしは飛び起きた。勢いが良すぎたせいでベッドの足にかかと落としをお見舞いしてしまったが、ダメージをくらったのはわたしだけであった。体を丸めて痛みに悶絶しながらも携帯がやかましいので必死で携帯に手を伸ばす。
 暗い部屋の中でぼんやりと光る液晶を覗き込めば、それはアラームではなく綱海からの着信だった。画面上部に表示された時間を見るとまだ夜中の3時だったので、わたしは躊躇なく通話拒否ボタンを押して再び布団にくるまった。正しい判断だ。しかしものの数秒後にはまた先程と同じように携帯が鳴り響く。着信音はわたしの大好きなアーティストの曲に設定しているのだが、いくら好きな曲とはいえこんな状態で延々と聞かされたら苛立って仕方ない。わたしは腹を括って電話に対応することにした。

「もしも、」
「もしもし名字か!?なんかさっきもかけたんだけどよ、いきなり切れちまって壊れたのかって心配してたとこだったんだよ!いやーよかったよかった!!」
「綱海死ね」
「は!?」

 うるさい。ただでさえ眠りを妨げられて、しかも寝起きで不機嫌であるのにバカでかい声でしゃべり続けられるのはたまったものではない。さっさと用件を聞いてさっさと切ろう。そして寝よう。

「こんな夜中に人の眠りを妨げてまで電話をかけるという非常識極まりない行動をするからにはよっぽど大事な用件なんでしょうね」
「お前さ、今から浜辺来いよ」
「…………オヤスミー」
「ちょ、待て待て待て!寝んな!!」
「なんでだよ寝かせろ!ていうかお前も寝ろ!!」

 何を言い出すかと思えば今から来いだと……と、わたしは完全に覚醒しない頭でうんざりしていた。今夜中だし。パジャマだし。わたし寝たいし。と否定の言葉を並べたけれども綱海はとにかく来いの一点張りで、俺とお前の仲じゃねえか!と言われたけれどこんなに迷惑な仲なら断ち切りたい。いや、やっぱり断ち切るまではいかなくてもいい。呼び出される意味はわからないしタイミングは最悪だけれど、こうしてわたしを必要としてくれることはちょっと嬉しいわけだし。けれどわたしはそこまでかわいい乙女じゃないから、こういう状況だといくら好きな人でもすぐに会いに行こうとか思わないし、寝たいし、ていうか死ねとか言っちゃってるし。けれど綱海が一度言い出したら聞かない性格だということはわかっているので、これもう行ったほうが早いんじゃないかなと思い始めた。電話代の無駄だし、苛立ちで変に目が覚めてしまった。
 わたしは溜め息をひとつついて妥協した。綱海は嬉しそうな声で「サンキュー!待ってんぜ!」と言って電話を切った。音村にも言われたけれど、やっぱりわたしは綱海に甘い。

 適当に着替えてざっくりと身だしなみを整えてから、サンダルを履いてわたしはこっそり家を出た。







 暑いところとは言え、夜は心地よい風が吹いていた。浜辺に座っているピンク頭を見つけたので近づいていくと、辿り着く前に綱海がわたしに気づいて笑って手を上げた。まさかこんな時間までサーフィンをしていたのかと思ったが、サーフボードはないし綱海は私服だったのでどうやら違うらしい。

「よお!悪かったなーいきなり呼び出して!」
「本当にな」
「まあそう怒んなって!!座れ座れ!」

 わたしの皮肉は全く通じず、綱海は憎たらしいほどの笑顔で自分が座っている隣のスペースをぼふぼふと叩いた。わたしは大人しく綱海の横に腰掛ける。辺りはずいぶん静かだった。

「……で、なんか用だったの?」
「んー、特に用ってわけじゃないんだけどよ」

 わたしは隠すことなくはあ?と声に出した。綱海は用もないのに呼び出したの?わたしを?夜中の3時に?寝てたのに?わたしが綱海を睨みつけていると、綱海は「んな不細工な顔すんなって!悪かったって!」と笑いながらわたしの背中をバシンと叩いた。謝る気ないだろ。
 中一のころからずっとこうだった。同じクラスになって仲良くなって、わたしは自然と綱海を好きになった。綱海と一緒にいるのは楽しい。でもわたしに告白する勇気なんかさらさらないし、綱海はわたしのことを友達としてしか見ていないし、告白なんかしたらきっと困らせてしまう。わたしもそんなことでぎくしゃくするのは嫌だしずっと友達でいたいとも思うから、ただなにもせずにこのまま時が流れてなんとなく気持ちが薄れていくのを待っている。
 そう、だからたとえ綱海に好きな子ができたって、わたしはなにもせずにただ笑って、頑張れと背中を押してあげるのだ。

「なんつーかやけに目覚めちまってよ。海に来たはいいけど夜の海は静かだからな、こう、話し相手がほしかったっつーか」
「電話でいいじゃん」
「お前電話したまま寝るだろー!」

 綱海は当然のことのように言うけれど、そしてわたしもなんでもないように振る舞うけれど、なにかが変だと思った。正確に言うと変なのは綱海だけで、わたしはその理由にすぐに気がついたから、なんとなく風に吹かれて顔に張りつく髪を耳にかけた。

「音村なら絶対この時間でも起きてるのに」
「男二人が夜の浜辺にいるって、なんか嫌じゃねえか」
「……シュールだね」
「だろ?」

 わたしはその場面を想像しながら、サンダルに入り込んだ砂を小さく払った。どうせまた砂まみれになるのだけれど、なんとなくそうしていたかった。欠けた貝殻が目に入る。

「綱海さ、」
「ん?」
「緊張してるんだ?」

 そっと視線を上げると、綱海は目を見開いてギクリとした。予想通りの反応にちょっと笑いそうになってしまった。

「だから眠れなくなっちゃったんでしょ。わかりやすい」
「……な、」
「柄じゃないね」

 綱海は参った、というふうに頭を掻いて、少し困ったように笑った。わたしはその顔を見てひどく悲しくなって、慌てて目線を貝殻に戻す。何事もなく過ごさなくてはいけなかった。

「お前にはなんでもお見通しなのな!」
「エスパーですから」
「ははっ」

 綱海のことをずっと見てきたのだから、わからないわけがないのだ。いいことなのか悪いことなのかはわからないが、これはわたしの特技となっている。

「明日、言おうと思ってさ」
「……そう」
「…んまあ、結果はわかってんだけどよ!こう、悔いがないようにっつーか。いやーでもほんと緊張すんのなこういうの!」

 綱海が本当に緊張しているのが伝わってくる。サッカーの試合のときとはまた違う表情だった。落ち着きなく体を動かしている。
 隣のクラスのかわいい子だ。大人しそうであまり目立たないけれどとてもいい子で、かわいい。委員会が一緒なのだと綱海は言っていた。綱海ったら見る目あるな、と素直に思ってしまったくらい。初めて聞いたときは驚いたけれど、わたしはなにもせずにただ笑って、頑張れと背中を押してあげたのだ。ただなにもせずにこのまま時が流れて、なんとなく気持ちが薄れていけばいいと思いながら。

「情けない顔しないでよ。前から大丈夫だって言ってるじゃん」
「いや…でもよ、そんなんわかんねえだろ」
「わかるって、女の勘!」
「お、おう……」

 噂であの子も綱海のことが好きなんだと聞いた。見てみたらなるほど、あれは恋する女の子の目だった。わたしなんかと違って、素直でかわいい恋をする女の子。このことは綱海には言わなかった。
 だから、明日頑張りなよ。わたしは綱海の背中をばしんと叩く。綱海はいってえ!と叫んだあと、背中をさすりながら笑った。

「ははっ、ありがとな名字!」
「どういたしまして」

 わたしも笑って立ち上がる。明日に備えてもう寝たほうがいいと言うと、綱海もそうだなと言って立ち上がった。しばらく歩いて分かれ道にさしかかって、また明日と言葉を交わして歩き出す。すると綱海が「名字ー!ほんとサンキューな!お前と友達でよかったぜ!」と恥ずかしげもなく言ってみせてぶんぶん手を振るものだから、馬鹿夜中だから静かに、と思いつつわたしもゆるゆると手を振った。

 家に入るときに突然途方もなく泣きそうになって、思わず顔を抑えた。これでもうわたしの恋は終わったのだ。ずっと友達でいられるし、このまま何事もなくきっと気持ちも薄れていくはずなのだ。けれど一度流れ出すと止まらなかった。きっと今のわたしの顔はものすごく不細工だろう。綱海が見たら笑うかもしれない。むしろ笑い飛ばしてほしい。ただ笑って応援して、背中を押した。でも本当は、わたしを、わたしを、見てほしかった。



20130529
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