「ではこれから鬼道くんの素顔が見たいから鬼道くんのゴーグルを奪還するぞ作戦会議を開きたいと思います!」

 わたしが意気込んでそう言えば、半田がやる気のない顔でこちらを見上げた。おいおい口開いてるよ半田、その顔はないわ。すごい不細工だからその顔やめなよ、と善意で忠告してあげたのに頭を引っぱたかれた。女子に暴力とか最低すぎる。だからモテないんだよね半田は、なんて隣に座っていた松野と話していたらなんと今度はデコピンをお見舞いされた。痛い。なんで松野にはやらないんだ。

「つーかなんだよその頭悪そうな作戦」
「失礼だろ。だって鬼道くんが転校してきて1ヶ月以上も経ってるのにまだ誰も鬼道くんの素顔を見たことがないんだよ?由々しき事態だよこれは」

 お前がただ単に見たいだけじゃねえか、と半田は溜め息をつく。そうとも言う。だって気になるじゃないか。
 鬼道くんが転校してきたとき、ドレッドヘアーにマント、それにゴーグルという出で立ちの彼に驚いたのはわたしだけじゃないと思う。円堂は「ん?そうか?初めて会ったときからあんなんだったし俺はそんなに気にならないぜ!」とか言ってたけど、それ絶対円堂だけだから。みんな声には出さないけど絶対気にしてるから。多分。どれかひとつを半田に分けてあげれば半田も少しは個性出るのに。
 あんなに見た目が個性的なのに中身は落ち着いているしいつでも冷静だし、頭だってすごく良い。そんな彼の素顔を見たいと思うのは、決して不思議なことではないと思うのだ。

「やめとけって。お前みたいなのに絡まれる鬼道が気の毒だ」
「そんなこと言って半田、個性の塊みたいな鬼道くんと並ぶとますます自分が薄くなるから妬んでるんじゃないの」
「名字、俺だって傷つくぞ」

 半田が何か言っているのはスルーして、松野に意見を求める。松野はんー、とその大きい目をくりくりさせながらさも名案を思い付いたかのように人差し指をぴんと立てた。

「罰ゲームでゴーグルパッチンさせるっていうのは?」
「痛いだろやめてやれよ!つーかなんの罰ゲームなんだよ」
「あ、それか後ろからそっと近づいて襲うとか」
「頼むから安全面を重視した作戦にしてくれ」

 さっきから半田はうるさいなあ。自己主張ばかりしてるけど、作戦を行使するのわたしなんだからな。
 そこまで話したところで、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。結局意見はまとまらなかった。松野はもし見れたら写メっといてね、なんてちゃっかりしたことを言って自分の席へと戻っていった。うーん、どうしたものかな。







 その日のうちにチャンスは訪れた。

 5時間目は理科室で実験の授業があるため友達と移動をしていたのだが、間違えて社会の教科書を持ってきてしまったことに理科室に着く寸前に気づいてしまったわたしは仕方なく来た道を戻ることにした。授業が始まるまでまだ5分あるが、わたしは少し急ぎ足で教室まで向かっていた。すると向こうからやって来たのだ。鬼道くんが。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………名字、その」
「…………」
「………俺に何か用か」

 今のこの状況は臨戦態勢とでも言おうか。鬼道くんがわたしの横を通り抜けようとするのを必死で阻止(無言で)していたら、しばらくのにらみ合いが続いた。まさに一触即発の雰囲気。そして鬼道くんが折れた。わたしの勝ちである。

「鬼道くん、お願いがあるの」
「…なんだ?」
「ゴーグル外してください!」

 わたしがそう言えば鬼道くんはハア?みたいな顔をした。大丈夫、その反応は想定の範囲内だ。
 結局素直にお願いしてみよう作戦にしたわたしは、ドキドキしながら鬼道くんの返事を待った。もしこれで断られたら強硬手段に出る予定である。わたしは鬼道くんの素顔を写真におさめるためカーディガンの中にしまっていた携帯をこっそりと握り締めた。

「……なんだいきなり」
「だって鬼道くん今まで一回も学校でゴーグル外したことないでしょ?もう気になって気になって」
「いや…外してもそんなに珍しいものが見れるわけではないと思うが」
「お願いします!!」

 変な奴だな、と鬼道くんが聞き捨てならないことをつぶやいたのが耳に入ったがこの際気にしないことにした。鬼道くんは少したじろいだあと、まあ別に断る理由もないんだが…と言ってゴーグルに手をかけた。わたしは唾をごくりと飲み込む。やけにすんなり見せてくれるから少し拍子抜けだが、鬼道くんももしかしたらゴーグルパッチンをされるかもしれないと薄々感づいたのかもしれなかった。痛そうだもんねゴーグルパッチン。
 鬼道くんはゴーグルをぐい、と上げて、それからゆっくりと目を開けた。

 赤い瞳がわたしを捉えた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 わたしは一瞬何が起きたのかわからなくて、いや鬼道くんがゴーグルを外してくれたということは理解しているのだけれど、何が起きているのかわからない感覚に陥っていた。想像していたのと違った。すっと切れ長の赤い瞳は不思議そうにわたしを見つめている。何これ。鬼道くん超イケメンじゃん。何これ。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………鬼道くん、かっこいいね」
「え…あ、ああ、ありがとう」

 もういいか?と言うのでわたしはぶんぶんと頷いた。ゴーグルがつけ直され、いつもの鬼道くんになる。よく見たらゴーグルからあの瞳が透けて見えるのだけれど、こんなに近くで鬼道くんを見る機会というのはなかったし、ゴーグル越しだとやっぱり雰囲気がだいぶ違った。
 なんだか少しどきどきしてしまって、もうゴーグルをつけているというのに鬼道くんの顔を見ることができなくなってしまった。だってあんなにかっこいいとは思ってなかったから。

「次は理科室に移動じゃないのか?」
「あ、えっと、間違えて社会の教科書持ってきちゃって…」

 わたしの手にある社会の教科書を見て、微かだけれど鬼道くんが笑った。

「そうか。遅刻するなよ」

 そう言って鬼道くんはわたしの隣をすっと通り抜けていった。なんだかもう教科書が違うとかそんなことはどうでもよくなってしまった。作戦は成功したけれど、もっと違うなにか重大なことに気づかされた。
 教科書を両手でぎゅうっと抱きしめて三秒ほど顔を埋める。こちらを覗き込む赤い瞳と、笑った顔。ばっと勢いよく顔を上げたときには、わたしの心拍数は最高値に達していた。見なくてもわかる、わたしはきっと今顔が赤い。我ながらなんて単純な。

 少しふらつく足取りで理科室に向かう。もう教科書は半田に見せてもらえばいい。ていうか最初からそうすればよかった、と思ったけれど、教科書を取りに戻ろうとしなければ鬼道くんの素顔を見ることはできなかったから、数分前のドジった自分を盛大に褒め称えてあげたい。
 半田が「お前何しに行ったんだよ」と怪訝そうな視線でわたしを見てきたので、わたしはそれどころではないと教科書を机に放りだし姿勢を正した。

「作戦成功の報告があります。その結果、わたし、鬼道くんに恋をしました!」

 はあ!?と大声を出す半田を慌てて黙らせてから、さて次は、鬼道くんと仲良くなるためにはどうしたらいいのか作戦会議を開きたいと思う。



20130119
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