「おかしい」

 頬杖をつきながら名字が不意にそう言った。何を見ているのかはわからないが視線は真っすぐ前を向いていて、表情は真剣そのものだ。何がだ?と問いかけると、 名字は突然机にバンッと派手な音を立てて手をついた。大きな音に驚いて肩が跳ねる。

「おかしい、おかしいよ霧野」
「だから何がだよ」
「なんで神童くんってあんなに格好いいの?意味わかんないよおかしい」

 何を言うかと思えばこれだ。そうだよ、忘れていたがこいつは重度の神童バカだった。こいつの言うことなんて大体想像できたじゃないか。
 隠すこともせずため息をつくと、ちょっと、わたし真剣なんだよと食ってかかってきた。神童が絡むと名字は面倒だ。霧野は神童くんと仲が良いからといろいろ話を聞いたり協力したりする雰囲気にはなっているが、こいつは一度も実行したことはない。俺が電話をすればいいと提案すればそんなこと恥ずかしくてできない、と顔を真っ赤にして否定するし、電話が無理ならばメールを、と言えばそんなこと(以下略)。直接話すこともままならないのに、こいつらどうやってアドレス交換したんだ。

「それはね、水鳥が協力してやるよって言って強引に話を進めてくれたからだよ」
「納得。ていうか、交換したなら連絡とらないと意味ないだろ」
「だって恥ずかしいもん!」

 それじゃ何も変わらないだろ。そう言えば名字はジト目で俺を見たあとに机に突っ伏してうなだれた。俺は間違ったことはなにひとつ言っていない。

「さっさと話しかけて来ればいいのに」
「霧野はわかってない、わかってないよ神童くんの格好よさを!見た目ももちろんだけど頭も良くて優しくて責任感も強くてサッカーは上手いしキャプテンだし近くにいるだけで心臓やばいどころかもう溶けるよあんなの、同じ空気を吸えてるだけで感謝しなきゃいけないの」

 ほぼノンブレスで言い切った名字はふう、と一息ついて顔をあげた。うーん、そろそろ教えてやった方がいいのだろうか。

「でも仲良くなりたいんだろ?」
「……なりたい」
「好きなんだろ?神童のこと」
「……好き」
「じゃあとっとと話しかけろよ、後ろに神童いるからさ」
「えっ」

 そのときの名字の顔ったらひどかった。死刑宣告でもされたかのような絶望した顔で、俺に言われた通りゆっくりと後ろを振り向いた。そこには顔を真っ赤にして狼狽える神童がいた。

「す、すまない、霧野に用があったんだが…その、立ち聞きをするつもりじゃなかったんだ!邪魔をしたら悪いと思って、その……」

 しどろもどろになりながら神童が話し出す。こんなに必死な神童を俺は初めて見た。ちなみに神童が来たことに気づきながらも目でそこにいろと指示を出したのは俺だ。
 そう言えば名字は赤くなったり青くなったりしながら、いつから?と聞いてきた。多分さっさと話しかけて来ればいいのに、あたりだったかな。

 さて、一仕事を終えたし邪魔者は退散するかな。俺は二人にそれぞれ目配せをして席を立った。名字は必死に俺を引き止めるけれど、毎日のように神童からも名字の話を聞かされて板挟み状態になっている俺にどうか休息を与えてほしい。さしずめ恋のキューピット役を引き受けたわけだが、この役目もいずれ用済みになるだろう。じゃ、健闘を祈る。



20120912
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