あいつの目に俺はどう映っただろう。あいつというのは最近会話をしたボサボサ頭の失礼なやつだ。そう、失礼なやつ。俺の嫌いなタイプ。なのに、そいつの俺に対する評価が気になる。馬鹿か、俺は。きっと、あいつの目にも俺は気味悪く映ったに違いない。今までそうだったように。
思い出しそうになる過去にふるふると頭を振って、考えを捨て去る。…傷つきたくないからだ。過去と向き合わないようにして、自分を守るため。ずるいんだろうけど、傷つく方がよっぽど痛い。辛い。
「…はあ」
ため息をついて頭を切り替える。いつまでもじめじめ考えるのはよそう。前髪をくしゃりと掻いて、それから整える。そうしていると、視界の端で何かが光った。驚きながら視線をそれに向ければ、昼間なのに、淡い光がふよふよと浮遊していた。蛍、だろうか。いや、今は昼間だ。光るわけがない。ふよふよと、光は俺を誘うように光る。そして俺は何を血迷ったか、その光を追うように足を進ませた。
きれいな光ではあるが、淡い色合いは昼間の明かりに負けてしまいそうだ。誰かが気づかなければ、誰にも知られないままだったのだろう。多分、俺は同情しているのだと思う。この光に。きっとこの光が他の誰にも見られないなら、とことん俺が見てやろう。俺がお前の最後の輝きまで見つめていてやろう。不安定に浮かぶ光を見失わないように必死で追う。(俺が誰かにそうして欲しかったように)
「…っ、おいっ!」
途端に腕を思いっきり捕まった。思いもしなかった痛みに反射的に振り返る。
「な、にやってんだよ!お前ッ」
振り返って見えたのは、あいつだった。なんで、お前が…
びっくりする俺なんて気にしてないように、あいつは何度も俺を馬鹿だと言った。何度も焦ったような声で。お前に馬鹿だとか言われる筋合いないんだけど。捕まれた腕があつい。腹の底からあったかい感情が顔をだす。何だこれ、何だこれ。
「…聞いてんのかよ!お前、俺が来なかったら池に落ちてたんだぞ!?」
そう言われて、足元を見れば、もう少しのところで足が水に浸かるところだった。必死に追っていたものだったから気づかなかったのだろう。助けられたのだと気づくと、また変な感じがする。全身がもぞもぞ、くすぐったい。
「……何をそんなに必死になってたんだよ」
「…何って、光だよ。ほら、向こうの」
一呼吸置いて、落ち着いたような声でそう問われ、先ほどまで追いかけていた光を指差せば、きょとんとした顔をした。あ、まずい。その顔を見て、失敗したなと思った。どんどん体の奥が冷えていく感じ。
どうせお前は気味悪いって思ったんだろ。
捕まれた腕を振り払って、さぶさぶ派手に池の水を立てながら光へと進んで行く。
「お、おい!何やってんだよ!」
後ろから聞こえるそんな声にも無視して池を進んで行く。お前にはわかるわけがない。俺の世界がどんなものか。どんなに痛いか。辛いか。楽しくヘラヘラ笑って生きてきたお前に、俺の世界も、俺の痛みも、分かるわけないんだよ!
「おい!いい加減にしろよ」
ぐいっとまた腕を捕まれる。振り払おうとしても、強い力で捕まれてるためにびくともしない。喉の奥があつくて痛い。
「離せよ!お前に俺の何が分かるんだよ!!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声だった。そして情けない言葉だった。
俺の気持ちをわかってほしいと子どもみたいに駄々をこねているような言葉が恥ずかしい。でも、本当は、そうで。誰かに自分の気持ちをわかってほしくて。美しい世界に愛されたくて。目の前のお前にそんな顔してほしいわけじゃないんだよ、なあ。
俺はどうすればいいわけ?
「お前の世界は、美しいと思うよ」
強く捕まれていた腕が、俺から離れる。名残惜しいと感じたのはきっと間違いだ。ずいぶん静かなあいつの声がやわらかく耳を包んで、真っ直ぐな目が俺を離さない。反らせない。
「お前の世界は美しいよ。だからお前だけの世界から逃げんなよ」
その言葉が心に深く刺さった。