blockquote>夜になると考えてしまう。君はどんな風に瞼を閉じるのだろう。どんな夢を見るのだろう。君の低い体温は少しは温まっただろうか。重たい仮面を取って眠りについているかどうか。
それから、すごく最低なことを考えてしまう。君の本当の顔を雷蔵だけが見てしまってないか。それを考えて自分がひどく悪い人間に思えて怖くなる。


夜は嫌いだ。
暗いし静かで、何もかも見えない。けれど何もかもが見えてしまう。瞼を閉じれば、本当の鉢屋が雷蔵と笑い合う姿が浮かんでしまう。見えてしまう。バカ。俺ってすっごくバカ。考えを掻き消すように目を腕で隠す。そうすればもっと深い黒が視界いっぱいに広がってさっき見えてたくだらない妄想が掻き消えてゆく。
それに少し、救われたと思ってしまうなんて。
救われないよ。


「おい、勘右衛門」


あ、あれ?俺まさか夢見てる?突然障子の向こうから聞こえた声に目をぱちりと開ける。夢心地に障子の方に視線を移せば、黒い見知った影が部屋の障子の前に突っ立っていた。その影に向けて「はい」と返すのが精一杯だった。まさか、鉢屋が夜中に来るなんて。今までで一度もなかったことだ。そのせいか、返事は何故だか堅苦しい敬語になってしまった。ばくばく先ほどまで静かだった心臓が一斉にさわぎだす。こんなに心臓がうるさくなるのは、鉢屋だけだ。悔しいことに。
上体を起き上がらせてじっと待っていると遠慮なしに襖が開く。そこには、枕を持った不機嫌そうな鉢屋が、月明かりに照らされていた。それらはなんだか不釣り合いなクセに妙な色気を持っていて、自然に見入ってしまった。ずるい。


「なんだよ、じっとこっちを見て」
「い、いや!お前こそ!こんな夜中になんだよ」
「私か?」


よくぞ聞いてくれたとでも言いたげに鼻を鳴らしながら、鉢屋が横目で俺を捕らえた。その目とばちりと合うと急に全身があつくなって、慌ててその目から離した。〜〜っ、もう!心臓に悪い!!静かな夜に自分の心臓の音がばくばく響く気がして、気を抜いてしまえば鉢屋にバレてしまうんじゃないかと思ってしまう。いっそのことバレてしまえば、ぐずぐず考え込む必要もないのだけれど、今はまだ、気づいてくれないでいい。そう思う。


「私はお前の同室のやつに部屋を追い出されたんだ!躾はしっかりしておけよ、まったく…」


そんな俺の甘ったるい思考をぶち壊したのは誰でもなく、鉢屋の毒を吐くような言葉だった。まるで苦虫を潰したような嫌な顔をする鉢屋にため息をつきたくなった。お前ってやつは……、はあ。


「なんだ、そのため息は」
「なんでもない、なんでもない」
「…お前ってやつは分からんやつだな」


俺と同じようにため息をつく鉢屋にそれは言われたくないな。口には決して出さないでおいたが、俺からすれば鉢屋の方が分からないに決まってる。つーか何で兵助の布団で寝ようとしてるんだお前は!!


「何だ?話しを聞いてなかったのか?」


兵助が準備しておいた布団に枕を置いて、当たり前のように寝ようとする鉢屋の動きに待ったをかけると、鉢屋はまた嫌な顔をした。ちょっとその顔さすがに傷つくからやめてほしいんだけど。話は聞いてたかと言われれば、きちんと聞いてた。しかしあれだけでは理解できない部分がたくさんある。


「い組のクセに察しの悪いやつだなあ」


だから決して俺が察しが悪いなんてことはないんだと思う。多分。


「説明が悪いに決まってる」


不満たっぷりにそう言うと、鉢屋は少しシワを寄せて、だるそうな口調で話し始めた。こんなつれない態度でも結局、鉢屋はどこか甘い。そういうとこは嫌いじゃない。
兵助が本を返しに鉢屋たちの部屋に訪れたのだけど話が思いの他長引いてしまい、それなら泊まっていきなよ!と気前のいい雷蔵が提案したらしい。なんとも雷蔵らしい強引さである。積もる話もあるらしく兵助もそれに応えたらしい。しかし、もう十四にもなる男三人が同じ狭い部屋に身を寄せるのは少し無理があるというもので。鉢屋に遠慮のない雷蔵が鉢屋を追い出したのだと。喜んでいいのやら微妙なところだ。


「理解できたか?」
「もちろん。優秀ない組だから」
「ふん。いけ好かんやつだな」


あ、今のそれちょっと傷ついた。
冗談だと知ってるけど鉢屋のちょっとした言葉が引っ掛かって胸が痛む。うーん。やっかいな想いだなあ。鉢屋の言葉に胸を痛めてると、本人からなんともマヌケなあくびが聞こえてきた。何にもわかんないやつだなあ。いっそ清々しいよ、本当。


「もう寝るぞ」


この部屋の主は俺なのに、鉢屋が仕切ってごろんと背を向けた。鉢屋に対してちっとも眠くない俺はもったいないなあと思いながらも、「うん」と声を出した。


夜になると考える。そりゃいろいろ。今なら真実を知れそうだけど、なんなくやめておくことにする。
鉢屋の背を見つめながら、すきと胸でひっそり呟く。
瞼を閉じて、私もなんて、言ってくれる妄想をしてみる。……そんな鉢屋、気持ち悪いんだけどさ。
でも、今日の夜はなんだかいい夜になりそうだ。
暗いのも静かなのも、何もかも見えないのも。何もかもが見えてしまうのも。
今の俺は全部を抱えて眠ることができそうだ。ありがとなんていいながら、それらにキスだってできそうだ。それはきっと同じ空間に鉢屋がいるせい。たったそれだけで今まで考えていた下らない考えは変わるのだ。
もう一度、瞼を開けて、背中に向けておやすみと心の中で呟いてみる。
返事は当たり前だけれど、返ってこなかった。
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